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深緑の魔法使い

13 最後の手紙
 ホッヘに案内され、あたしたちは一際大きな屋敷へと着いた。ここが稲穂の魔法使い、ナナの家だ。前回と同じく、セドは外で待っていてくれる。

「失礼します」
「はあい、入って入って」

 扉から、とびきり明るい声がした。あたしは期待を持って扉を開ける。
 そこに居たのは、二つ名のとおり、稲穂のような色の髪を一つに束ねた年配の女性だった。下がり眉の親しみやすい顔立ちだ。あたしは給食のおばさんを思い出した。

「大樹の魔法使いの弟子、マヤと申します」
「まあ、ヤーデ様の!」

 ナナはうきうきした様子で、あたしに椅子に座るように言い、茶を淹れはじめた。

「ここまで遠かったでしょう?レドリシアからはずいぶん距離があるからね。ヤーデ様はお元気かしら?」
「それが……師は、亡くなりまして」
「そんな。でも、そうよね、お年をめしていらっしゃったから……」

 ナナは一瞬顔を曇らせたが、すぐに柔和な笑みを返してくれた。

「あなたも辛かったでしょう。それで、お話を聞かせてくれる?」

 あたしはまず、ヤーデとの暮らしのことを話した。あたしが異世界から来たことも、全て。その上で、あたしは手紙を差し出した。ナナは、ぼろぼろと涙をこぼしながら、それを読んだ。

「ヤーデ様……私の事を、こんなに気にかけてくださっていたのですね」
「手紙には、なんと?」
「あのね。私が結婚したとき、ヤーデ様は証人になってくださったのよ」

 ナナはヤーデの娘のような存在だった。何十年も前、ナナは普通の人間の男性と結婚した。周囲はそれに反対したが、ヤーデだけがそれを応援してくれた。

「ヤーデ様ったら、私だけでなく、子や孫のことも気にかける文章を贈ってくださっているわ。なんて嬉しいんでしょう」
「本当に、優しいお方でした」
「そうね、惜しい方を亡くしたわ。けれど、それも自然の摂理。いくら魔法使いといえども、抗うことはできないわ」

 ふう、とため息をついたナナは、言葉を続ける。

「それで、あなたは異世界に帰る方法を探しているのね?」
「はい。無限の魔法使い、ハーレン様を」
「残念だけど、私は何も知らないわ。ごめんなさいね。せめて、この村でゆっくりしていってね」

 話が終わったので、あたしはセドに入るように言った。ナナはセドにもお茶を出してくれ、三人でしばらく談笑した。

「ここの食事は、本当に美味しいですね」

 セドが言うと、ナナは手を叩いて喜んだ。

「でしょう?自慢するわけじゃないけど、私が土壌を整えていますからね。サンメイリーは毎年、豊作なのよ」

 昼食時になると、ナナは山ほど料理を出してくれた。ホッヘの言っていたとおりだ。食べきれないかと思ったが、身体の割に大食いなセドが全て平らげ、ナナはそれに満足そうだった。

「ひいおばあちゃん、遊びに来たよ!」

 扉の向こうから、可愛らしい子供の声がした。ナナが扉を開けると、五人もの子供たちが入り込んできた。

「今日はお客さんがいらっしゃるからね、失礼なことしちゃダメよ?」
「はあい!」

 子供たちは、奥の部屋に入り、木のおもちゃで遊びだした。

「ひ孫さん、ですか?」
「そうなの。この子たちの他に、あと二十人ほどいるわ」
「ええっ!」

 セドが驚くと、ナナはこう話してくれた。

「何しろ、私は七人の子を産んだからね。サンメイリーでは、多産が美徳とされているの」

 あたしは、ナナの結婚の話を聞いた時から、ずっと気になっていたことを聞いた。

「ナナさんは、普通の人間の方とご結婚されたんですよね?ということは、ご主人は」
「とうの昔に亡くなったわ。それに、子供たちもね。みんな、私が見送った」

 悲しいはずの話とは裏腹に、ナナの声は弾んでいた。

「でもね、それでいいのよ。私は主人と結婚したとき、こうなることを覚悟していた。きっと、このひ孫たちも、私が見送ることになる」
「本当は、辛くないんですか」

 そう聞いたのはセドだった。

「そりゃあ、辛いわよ?けど、それよりも多くのものを私は得た。私はね、この村が好きよ。ここに生きる人々も、みんな」

 ナナは天井を見上げ、何かを思い出しているようだった。



 その夜、ナナの家に泊めてもらったあたしは、夜中にふと目が覚めた。喉が渇いたので、台所に降りて行ったところ、テーブルで俯いているナナの姿と鉢合わせた。

「あら、眠れないのかしら?」
「ナナ様こそ」
「ヤーデ様のことを思い出すと、どうしてもね。人の死に慣れてはいるけど、一人になるとやっぱり寂しいのよ」

 ナナは温かい茶を淹れてくれた。そして、少し二人で話すことになった。

「マヤ。あなたとセドは、どういう関係なの?」
「護衛をしてもらっています」
「それだけには、見えないわね。私の目は誤魔化せないわよ?」

 ナナの丸い瞳に見つめられると、何もかも白状せねばならないような気がした。

「確かに、それだけではないです」
「そう。愛しているのね?」

 決定的な言葉を言われ、あたしは口ごもる。そんなあたしを見て、ナナは語りだす。

「似ているわ。主人と出会ったときの私と。私たちは、ゆっくりと信頼を深め、そして愛し合っていった。何物にも代えがたい時間だった。けれど、必ず私が主人を見送ることになる。悩んだわ」
「どうして、結婚を決断したんですか?」
「ヤーデ様が言ってくださったのよ。そういう愛を自分は持てなかった。だから、得た物を離すな。必ず後悔する、ってね」
「……後悔は、していないんですか」
「もちろんよ。私は今でも、主人を愛しているわ。あなたとセドが、どういう決断をするかは分からないけれど。後悔のないようにね」

 あたしは、セドを起こさないよう静かに部屋に戻った。彼の安らかな寝息を聞いている内に、あたしも眠りについていた。
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