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深緑の魔法使い

10 二通目の手紙
 イシュトに手を添えられ、降りてきた紅蓮の魔法使い、ドルガは、腰が曲がってはいるが、かなり大柄な魔法使いだった。顔には数多の皺が刻まれているが、赤い瞳はギラギラと輝き、炎が燃えているかのようだった。

「お前がヤーデの弟子か」
「はい。マヤと申します」

 ドルガはあたしの正面に腰掛けた。老いていて、足元もおぼつかないのに、なぜかあたしには力強く思えた。イシュトはドルガが座り終えるのを見届けた後、部屋を出て行った。

「ヤーデ様は、亡くなりました。そして今回は、師の遺した手紙を届けに参りました」
「見せろ」

 あたしはドルガに手紙を渡した。ドルガは封筒を破り、たっぷりの時間をかけて、それに目を通した。

「それで、あいつはどのように逝った」
「眠るように、穏やかに」
「そうか」

 ドルガは目を瞑り、手紙をくしゃりと握り潰した。

「最期くらい、見届けてやりたかったのだが。お前が代わりにそうしてくれたのだな。礼を言う」
「はい……」

 それからドルガは、長い独白を始めた。
 ヤーデとは、恋仲であったこと。若い頃に結ばれたが、仲違いしてしまい、もう何十年も会っていなかったということ。
 それ以来、ドルガはこの山にこもり、イシュトが来るまでは、ずっと独りで暮らしていたということ。
 あたしはそんな話を、ヤーデから聞いたことがなかった。でも、何となくわかる。弟子に過去の恋愛話をするのが、ただ恥ずかしかったのだと。

「さて、お前は異世界から来たのだな?」
「はい。無限の魔法使いについて、何かご存じですか」
「知っておる。彼女の名はハーレン。少女の姿をした、可憐な魔法使いだ」

 あたしは椅子から立ち上がりそうになった。そこまで詳しく知っているということは。

「あなたは、会ったことがあるのですね」
「そうだ。ずいぶん前にな。ハーレン様が修行のため、この山に来られた。転移魔法陣の研究をなさっているとのことだった」

 転移魔法陣。初めて聞く語だが、意味は解る。おそらく、この世界とあたしの世界を繋ぐものだ。

「ハーレン様は、各地を練り歩いておられる。お会いできる可能性は低いだろう」

 それでも、あたしにとっては重要な手がかりだ。少しでも道が開けたような気がして、あたしの心は躍った。

「私は元の世界に帰りたいんです、どうしても。もっとハーレン様のことを聞かせて頂いていいですか?」
「あまり、多くのことは語れないが。ハーレン様は、異世界から来た人間を探しておった。実際に、そういう人間と出会い、共に研究をしていたとも仰っていた」

 あたしの期待はどんどん膨らんでいった。ハーレン。彼女に会えさえすれば、帰れるかもしれない。元の世界に。母の元に。

「ところでマヤ。お前は、男の護衛を連れてきているそうだな」
「はい。セドといいます。レドリシアで夜盗に襲われたことがきっかけで、雇うことになりました」

 ドルガは、ゆったりと息を吐き、こう言った。

「ひとつ、忠告しておく。お前は、魔法使いだ。老いはするが、その速度は普通の人間にくらべ、はるかに遅い」
「ええ、分かっています」
「次は、サンメイリーだったな。稲穂の魔法使い、ナナ。彼女の話をよく聞くといい」

 そのときのあたしには、ドルガが言う意味が、よく解っていなかった。



 その日、あたしとセドは、ドルガの家に泊めてもらうことになった。イシュトに料理をふるまってもらい、存分にそれを楽しんだ。
 イシュトとは、少しだけ打ち解けることができた。境遇が似ていたからだろう。セドがしょうもない笑い話をして、そのときようやく、彼の笑顔を見ることができた。
 あたしとセドは、場所がないからという理由で、食卓のある部屋にそのまま毛布を敷いて眠ることになった。

「なあ、マヤ。起きてるか?」
「起きてるわよ」

 夜も深まった頃。セドは、横たわったまま話し始めた。

「俺は昔、少年兵だったんだ。産まれたときから、俺の街は戦争をしていた。物心つく頃には、殺しの技術を教えられていた」

 なぜいきなり、そんな話をするのだろう。あたしはそう思ったが、黙って彼の話を聞くことにした。

「街を逃げ出してからは、何でもやった。盗みも、殺しも、あらゆることを。そうしないと、生きていけなかった。ずっと独りで、そうしていたんだ」

 想像できる話ではあった。セドのナイフさばき。あれは、一朝一夕で身に着くものではない。

「でも、こうしてマヤと出会えた。俺は独りじゃなくなった。感謝してるよ、俺を雇ってくれて」
「あたしこそ、孤独な旅になると思ってたから。セドが居てくれて、助かっているわよ」

 セドはしばらく黙り込んだ後、あたしの方に身を寄せてきた。

「ごめんな、こんな話して。俺のこと、恐くなったか?」
「そんなことないわ。セドは、セドじゃない。過去に何があったって、関係ないわ」
「ありがとう。マヤにだけは、どうしても話しておきたかったんだ」

 セドはそっと、あたしの左手を握った。山小屋で感じたときと同じ温かさだった。
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