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特二!

-桜の人-
桜の木が、ざわめいた。
 風が通り過ぎたのだろう。深迫 美雪は、しばし桜に見とれ、ふうっとため息をつくと、所属する“特殊能力対策二課”へと歩を進めた。
 “特殊能力”。いわゆる、エスパー等の特殊能力を有する者たちの増加は、21世紀を皮切りに、爆発的な数字を記録し、今や大して珍しくもないものとなった。専門家が言うには、人類の進化の一種であろうという事だ。
 その爆発的な増加は、当然のように犯罪の増加も招いた。結果、生み出されたのが、警視庁『特殊能力対策課』である。
 深迫 美雪は、その『特殊能力対策課』の二課の署員として、働いている。一課ではなく、二課。一課は、エリート集団と呼ばれ、彼らの力は犯罪を制圧するのに十分なパワーを持っている。コードネームを有し、捜査の性質上、本名が表に出る事がないようにしてある。二課もコードネーム持ちではあるが、二課はあくまでも一課の補佐。マスコミへの対応、広報活動、“能力者”の保護等々、多岐にわたる。
 美雪は、本日何度目かの溜め息をつくと、二課の重い扉を開いた。
「みゆきちゃん、おはよう」
「おはようございます、嵐山さん」
「おはよう、深迫」
「課長・・・」
 門司“アイスショット”文課長は、指先で氷の彫刻をさも当たり前のように造りながら、美雪に挨拶をした。美雪は、『あああああ』と声を漏らしながら、課長に頭をさげた。
「その分じゃあ、今日もダメだったみたいだな」
「はい、完っ全に嫌われたみたいです」
「新人の登庁拒否は、二課のリーダーである、お前の責任だよ。がんばりなさい」
「はい・・・。お昼にもっかい行ってみます」
 門司課長は、氷の塊をハート形に作り直すと、美雪に渡した。門司課長の“能力”は、氷を表出させる能力だ。その気になれば、コードネーム通り、氷の礫を標的に命中させる、優秀なスナイパーらしいが、何故か一課ではなく、二課にいる。
「みゆきちゃん、ファイト!」
「ありがと、嵐山さん。今日も素敵な胸筋だね」
 嵐山“ビースト”薫は、体を“ビーストモード”と呼ぶ、筋肉の塊に強化できる、“能力者”だ。日々鍛錬を怠らない。
 美雪は椅子に座ると、日誌を広げた。今日のスケジュールは、高校への広報活動、対“能力者”犯罪に対する防御の仕方講座。(こういった活動の中で、新しい“能力者”がいないかを探るのも、二課の仕事だ)他、ナシ。
 まあ、一課ほど忙しくはない、という事だ。
「高校生か・・・扱いが難しいな」
「みゆきちゃんは、能力の発現は、高校生の時だっけ?」
「はい、あたし、高跳びやってたんで。力んだら、体育館の屋根にいました」
 “能力の発現”は、人によってまちまちだ。一説によると、思春期に多いとされるが、小学生の頃から能力を開花させる者もいるが、社会人になってから、突然“能力”に目覚める者も少なくない。
「ネコ課長。出番です」
 二課は、広報活動の一環で、ネコを飼っている。小学校等を訪問する時は、このネコ課長も必ず出動するのだ。

「このようにー、いいですかー? 聞いてますかー? 能力者は、恐ろしいものではー」
 美雪が必死に声を張り上げるものの、高校生の群れは収まる気配がない。ネコ課長にみな夢中なのである。ネコ課長。二つ名を“チャーミング”つまり、人を魅了する能力を持つ、能力者なのである。
「実はそのネコ課長も、能力者の一人です。知能は小学校三年生程度あります」
「えー、うそー」
「しつもーん。能力者であるかないかは、どうやってわかるんですか??」
「良い質問です。ほとんどの場合、能力は表出的ですが、ネコ課長のように言葉で伝えられないものや、子どもの場合、今も説明しました、慈恵院の優秀なサイキックの先生方が、その才能の確認を行います。私も、実は高校生の時、あなたがたと同じ年頃に、能力が発現しました。国の唯一の機関である慈恵院には、年間100を超える事例が、報告されています」
 ネコ課長は、ととと、美雪の元に戻って来ると、特殊な念波をだすのをやめた。と、生徒たちのネコ課長に対する興味が不思議なほどに失せた。
「ネコ課長、わざとでしょ?」
「にゃ?」
 美雪がじろりと視線だけを送ると、とぼけたようにネコ課長は腹を見せて来た。

一通りの説明を終え、美雪たちは会場の片づけを始めた。ふと視線を感じ、美雪が振り返ると、女生徒が一人、まだ体育館にいる。
「どうしましたー??」
「知ってる」
「え?」
「能力者、このクラスに居るの、あたし知ってる」
「え・・・」
 広川 晴香と名乗った少女は、幼なじみの少年が、引きこもっていると言った。
「おじさんも、おばさんも認めないけど。武は能力者だよ」
「それで・・・引きこもってる、と?」
「そう。警察の人なんでしょ? なんとか院ってとこに武を入れてあげてよ」
「わかった。まずは、本人と話し合わなくちゃね。先生に住所聞いてみるよ。
 ありがとう、あなたが心配してるって、本人に伝えても構わないかな?」
 晴香はしばらく美雪をじっと見ていたが、やがて小さく頷いた。
「後は任せて。授業始まっちゃうよ、行っておいで」
 晴香は一礼すると、ぱっと走り去った。
「あの子、ネコ課長避けてた」
 美雪がぽつっと言うと、嵐山が首をすくめた。
「まさか。ネコ課長の能力に抗える人なんて、いないよ」
「うん、でも・・・」
 美雪はホワイトボードの字を消しながら、ある種の違和感を拭いされないでいた。

 大きな桜の木が、ざわあっと風に騒いだ。この学校には、相変わらず沢山の桜が植わっているのだな、と美雪はそのうちの一本にもたれ掛かった。
 この学校は、美雪の通っていた高校なのである。先生方はもう随分入れ替わっていたが、一人だけ、美雪を知る人がいて、その人物とここで待ち合わせなのである。
「キンジー! キンジー!! 待たせたなー!!!」
「その名前で呼ぶなっ」
 大場 幸太郎。美雪の同級生で、陸上部の仲間だ。大学を卒業して、新卒でこの学校に配属されてきたところだったらしい。
「で、その武って子なんだが」
 事が事なので、誰にも聞かれない場所が良いという事で、美雪は校門前を指定したのだ。
「まだ、決定したわけじゃないから・・・」
「そうだな。大学でも研修は受けたが・・・かなりデリケートな話だしな」
 腐っても教師。美雪はうっかりそう言いかけ、口をつぐんだ。大場に妙な偏見がない事に安心しながら、美雪は武の住所を記したメモを受け取った。
「林田 武くん、ね」
「なあ、いきなり警察が行って、怖がられないか?」
「うん、まあ・・・ネコ課長も一緒だから、大丈夫だと思うけど・・・」
「一緒に行ってやろうか? 家庭訪問って体なら、問題ないだろ」
 美雪は暫く考えたが、大場の提案を受け入れさせてもらう事にした。門司課長には、もう連絡済みである。
 下校時刻を待って、美雪は再び学校へと赴いた。校門前に自分の車を置いて、(ミニパトでもよかったが、近所の体面もあろうと、やめておいた)大場を待った。
 ネコ課長の能力のせいか、生徒たちが足を止めては、ネコ課長を触っていく。
「ネコ課長。もうやめてくださいよ・・・」
「キンジー!」
「だから、その名前で呼ぶなー!」
 美雪は大場を車に乗せると、予めカーナビに入力してあった住所に向けて、車を走らせた。大場の膝の上には、ネコ課長が喉を鳴らして乗っている。
「かわいいなぁ、このネコぉ」
「言っとくけど、ネコ課長、能力者だからね」
「嘘」
「ほんと、コードネームは“チャーミング”。一応先生なんだから、意味はわかるよね?」
「にゃっ」
 ネコ課長が能力を解くと、大場はさっきまでの興味が失せるのを感じた。
「なあ、“能力者”って、本当にそんなに居るのか?」
「目の前に居るでしょが。あたしが」
 大場は黙りこくると、ネコ課長を撫で続けた。
「・・・林田が学校に来なくなった原因は・・・能力のせいかもしれん」
「どして?」
「あいつ、一度もめ事を起こしてるんだ。生徒数人が、物凄い勢いで突き飛ばされたと言っているんだが、林田はそれを否定したらしい。それ以降、林田が登校することはなくなったんだと、担任が言っていたよ」
「能力が発現した可能性は、高いね」
 美雪の能力発現時は、陸上部の練習中だった。体育館の屋根から降りられず、はしご車騒ぎになったのだ。おかげで、能力の事は学校中が知る事となってしまった。
ひそひそと廊下を歩くたびに噂話をされたこともある。正確な記録が出せないからと、陸上部を退部させられもした。唯一の救いは、大場をはじめとする、数名のクラスメートの変わらない接触と、大らかな両親の対応だった。そして・・・。
「和尚にも、連絡しといた方がいいのかな?」
 慈恵院の、水上和尚の事である。和尚は、自分の力に怯えていた美雪を、諭し、『特殊能力対策課』へと導いてくれた人だ。
「慈恵院の人か?」
「うん・・・」
「会って、確かめてからでいいんじゃないか? いきなり慈恵院の名前出すのは、ちょっと驚かれるぞ」
 美雪は、何かと先走る癖がある。これは、陸上部の頃からなのだが、それをいつも止めるのは、大場だったような気がする。今回、警察だけで動くのを止めたのも大場だし、ミニパトで来るのをやめたのも、大場の言葉があったからだ。
「大きなお家・・・」
 ローマ字で、『HAYASHIDA』と書かれた表札の家に着いたのは、しばらくしてからだった。プラタナスの木がざわめく。多少緊張しながら、美雪は大場の後に続いた。
「こんにちは。突然申し訳ありません。行方高校の大場と申します。武くんに会いたいのですが・・・」
 二階の出窓のカーテンが、揺れたような気がして、美雪は顔をあげた。腕の中には、ネコ課長がいる。
「武は多分、合わないと思いますが・・・どうぞ」
 青い顔をした女性が、扉を開けてくれた。
「おじゃまします・・・」
「まあ、可愛いいネコちゃん。お水あげるから、いらっしゃい」
 ネコ課長パワー、恐るべし。二人はすんなり家に入れてもらえた。
「にゃっ」
「ありがとうございます、ネコ課長」
 応接間に通され、二人は並んで座った。近況やら、学校行事の事やらを大場が話している間、ネコ課長は武の母の膝の上で喉を鳴らしていた。
「で・・・本題なんですが。こちらの女性、実は警察官でして・・・」
「まあ、警察の方がうちに何の御用ですの??」
 ネコ課長パワーのおかげで、母親は取り乱す様子もなく、どこか他人事のように話を受け入れた。
「『特殊能力対策課』の者です。深迫 美雪と申します。今回、生徒さんからのお話で、武くんが、能力者じゃないかと・・・」
「能力者? うちの武が??」
 瞬間、美雪は左腕を何かに捕まれて、後ろに引き倒された。美雪は受け身をとって、体勢を立て直したが、もう一度大きな両手のようなものに、壁に押しつぶされ、ぎゃっと声をあげた。
「林田!!」
「警察が何しに来たんだよ。オレを捕まえるのか?」
 応接間の入り口には、中肉中背、ごくごく普通の高校生が立っていた。ネコ課長が慌てて武の母親の膝から飛び出し、武の足元に飛びつく。
「ネコ課長っ、っダメ! 能力者には、ネコ課長の能力はきかっないっ」
 そう、ネコ課長は物理的攻撃を加えに行ったのである。ネコ課長は武の脛に食らいつくと、美雪を“見えない両手”から救った。
「武!」
「お母さん、武くんを叱らないで!
 急に来てごめんね。君の同級生が、心配してたから・・・捕まえたり、しないよ」
 美雪は気が遠くなりかけるのを気合いで制し、武の目を見て話した。
「はじめまして、あたしは、警視庁『特殊能力対策二課』の、深迫 美雪。能力は・・・」
 そこで、美雪は意識を手放した。大場が床に伏す美雪を抱える。
「林田、先生たちは、敵じゃない。この人は、君を助けるために」
「嘘だっ、どうせまたオレだけを悪者にするんだ。お前らにわかってたまるか」
「林田!」
 武は二階へと走り去り、遠くには、武の母親が呼んだのだろう、救急車のサイレンの音が聞こえてきていた。

 どうして、部活辞めなきゃいけないの?
 どうして、みんなヒソヒソ言うの?
 どうして、“あたしだけ”・・・・・・。

「“あたしだけ”?」
「気づいたか、キンジ」
「その名前で呼ぶなー」
 脇腹の辺りがジンジンする。あばら骨にヒビがいっているらしい。美雪は大きな病院の病室にいた。
「どのくらい寝てた?」
「数時間だよ、そんなに心配することはないらしい。安静にしているなら、今日帰ってもいいそうだ」
 大場が心底ほっとした顔で、言った。美雪は半身を起こすと、武の事を考えていた。“自分だけ”どうしてこんな目に・・・。美雪にも、身に覚えのある感情。それを一気に文字通り叩きつけられた気がした。
「話さなきゃ」
「キンジ、今日はダメだぞ」
「武くん、傷ついたよ。コレはあたしが失敗したんだよ。話さなきゃ」
「確かに、キンジの失敗かもしれん。だが、今日は時期じゃない」
 大場に、教師の顔をされ、美雪は下唇を噛んだ。
「根気よく、話さなきゃ・・・」
 美雪はそう言うと、毛布を掴む手に力をいれた。美雪は、結局、一晩を病院で過ごした。ひとり暮らしの家に帰りたくなかったからだ。ネコ課長は、様子を見に来た嵐山が連れて帰った。美雪は、大部屋の、人のいる気配がする場所を頼んで、一晩泊めてもらうことにした。
「心配してくれてるの・・・ありがとう」
 美雪は、ふぅっとため息を吐くと、目を閉じた。

 翌日、登庁すると美雪はネコ課長を連れて、林田家へ向かった。お詫びの羊羹片手に、美雪は呼び鈴を鳴らしていた。
「あー。大した事ないです。大丈夫ですからぁ」
 ネコ課長を武の母に託すと、美雪は二階にあがっていった。
「たーけしくーん」
 美雪が扉の前に立つと、今度は幾分か加減しながらだが、美雪は壁に“見えない手”で押し付けられた。
「昨日は驚かせちゃってごめんね。あたしねぇ・・・」
「お前の話なんて聞いてない」
「うーん。じゃあ、武くんから話してくれる?」
 沈黙が流れる。
 ぎぃっと戸がきしみ、薄く開かれる。奥の方に居るのだろう。姿は見えない。
「オレは・・・・・・捕まるのか?」
「だから、捕まえに来たんじゃないよ。
心配してる武くんの友だちから聞いて、困ってる事がないか、聞きにきたんだよ」
 “見えない手”は、ゆっくりと美雪を離した。正直、脇腹がジンジンと痛む。でも、痛がってなんていられない。
「あたし、さぁ、ちょうど武くんくらいの時、陸上部の高跳びの選手だったんだ。
でもね、能力が発現しちゃって、部にいられなくなったの」
「・・・それで?」
「うん。なんで“あたしだけ”って思っちゃったのさ・・・。そしたらね、大場が・・・大場先生の事ね。
 大場が『ちょっと高く跳べるくらいで偉そうにすんな。どうせなら、もっと高く跳べるようになってみろよ』って。意味わかんないでしょ」
 美雪はくすくす笑いながら言った。どこから調べてきたのか、慈恵院のパンフレットを突き出し、大場はそう言った。
 美雪は、行方高校を中退し、高校認定の貰える、慈恵院へと転入したのだ。慈恵院には、色んな能力の能力者がいた。コンマ単位で走り回れる者、電気ショックのようなパワーを投げつけられる者、自分の体を風に乗せて飛べる者までいた。
 そして、皆、最初は一様に、“どうして自分だけが”と考えていた。
「そしたら、和尚がね・・・」
 一階で、何か大声がした。と、扉がすごい勢いでバタンと閉まる。男の人の声だ。美雪が階下の様子を覗うと、武の母親の頬を平手打ちする、父親らしき人物が見えた。
「警察がどうしてうちにきてるんだ!」
「すみません、あたしが勝手に」
「あんたには聞いてない!」
 高圧的な態度に、美雪はむっとした。武の父親は、日曜にも関わらず、ネクタイ姿だ。男の人に往々にしてある、“戦闘服”というやつだろう。どうやら、朝一番に仕事に行っていたらしい。
「あの“バケモノ”の事なら、放っておいてください」
「“バケモノ”って」
「自分から、わかって閉じこもっているんだ。物分かりのいい“バケモノ”じゃないか」
「ちょっと、自分のお子さんでしょ? そんな言い方!」
 美雪がくってかかると、父親は聞こえるようにしているのか、更に声を荒げた。
「“バケモノ”でしょうが! アンタら。どれだけ犯罪が増えたか、知ってるのか??」
「犯罪の増加は、イコール私たち“能力者”の増加ではありません。誤解です。警察にだって、“能力者”はいますし、教育者にだって」
「はっ、“バケモノ”の調教師だろ」
 反射的に、美雪は父親の頬を打ちかけ、一瞬止まり、自分の頬を打った。小柄な美雪に、父親はどこまでも高圧的だ。負けちゃいけない、負けちゃいけない。美雪は退き時かと、ネコ課長を呼んだ。
「ネコ課長、行こ・・・・・・ネコ課長?」
 ネコ課長が、一階の縁側から、何かをじっと見ている。今の騒ぎで気づかなかったが、何かが焦げる臭いが強烈に漂ってきた。足元を見ると、煙が濃くなり始めている。
「か、火事だ」
 父親が怯えた声をあげた。違う。美雪は縁側の窓を開けると、ネコ課長の視線の先を追った。
「お隣さん!」
 もう外は大騒ぎになっている。美雪は庭に出ると、ホースを長く延ばした。類焼だけは避けなければと、隣接している箇所を濡らす。消防車の到着まで、美雪は消火活動をしようと、辺りを見回した。
「晴香ちゃん??」
 二階の窓が開け放たれ、中から見かけた覚えのある女生徒が出て来た。柵に凭れ、火の手から逃れようと、しているが、柵は窓の上下をしっかりと塞いでいて、隙間からは手しか出ない。
 美雪はホースを二階に差し向けたが、届くはずはなく、慌てふためいている父親に、ホースを渡した。
「しっかりしてください!! あなたの家でしょ?! あなたが守るの!」
 美雪は怒鳴りつけると、二階の出窓から様子を覗っている武に叫んだ。
「武くん!! 手を貸して!」
「武には、なにもできん」
「できます! お願い、武くん。たすけて!!」
 美雪は、カーテンの向こうの武の目をじっと見つめた。気配が、消える。
「・・・・・・何、したらいいんだよ」
「武、やめなさい。ご近所の目があるんだぞ」
「晴香ちゃんが居るの、見える?」
 武は無言で頷いた。
「あの格子を、“見えない手”で、壊してほしいんだ」
「武!」
 武は、父親の方を見ない。美雪は武の両肩を持つと、しっかり目を見て言った。
「あたしの能力は、ハイ・ジャンプ。ただ、火の手が強いから、あそこまで跳べるか、わからない」
 武は、眉間に皺を寄せた。何かが爆ぜた音がして、晴香が悲鳴をあげた。
「でも、必ず晴香ちゃんは助ける。あたしを信じて」
 武は、一度頷くと、晴香のいる窓目がけて、腕を伸ばした。実際の腕をうんと伸ばして、まるでそのまま腕が伸びていくかのように、武は意識を集中させた。
「晴香ちゃん! 合図したら一瞬退いて!」
 美雪は叫ぶと、スタンバイした。
「うぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 ビキっ、ビキっと音をたてて、格子が上の方から外れていく。晴香は格子が外れる瞬間、美雪の合図で一瞬中に身を寄せた。
「いっけー!!」
 美雪は、くっと踵をあげると、庭を駆け抜け、一度ジャンプし、プラタナスの木を蹴って落ちてくる晴香を抱きとめた。美雪は半回転すると、自分を下敷きに、芝生の上に落ちた。野次馬から、一斉に歓声が響く。
「晴香―!」
 武は、赤く焼けた格子を安全な場所に放り出すと、晴香の様子を見に、走った。
「たけちゃん・・・たけちゃん!」
 晴香はわっと泣き出すと、武に抱き着いた。ようやく、消防隊も到着し、真っ先に美雪が運ばれていく結果となってしまった。
 美雪は、武に、親指を立てて見せると、林田家から二度目の救急車での出発と相成った。

 美雪は、安静にしていないからという理由で、まるで昔のロボットのようなギブスを腰に巻かれてしまった。幸い、怪我は軽かったのだが。
「ごめんなさい」
 火事の原因は、晴香の火の不始末にあった。一人留守番をしていて、鍋を空だきしてしまったらしい。
「無事だったんだから、いいよぉ」
 美雪は何とも嬉しそうだ。ネコ課長が、腹の上で、丸くなっている。
「ところでさぁ・・・晴香ちゃん」
「はい」
「晴香ちゃんも、“能力者”だよね?」
 武と晴香は一瞬、身をこわばらせたが、先に晴香が、頷いた。
「やっぱり」
「晴香は“能力者”なんかじゃねぇよ、“バケモノ”は、オレ」
「武くん、“能力者”は、“バケモノ”じゃないよ。そんなこと、言っちゃダメだよ」
 美雪はネコ課長を撫でながら、ゆっくり二人が話し出すのを待った。
「私の“能力”は、“スキャニング”。人の“能力”がわかります。あと・・・たまにその人の記憶もスキャニングしちゃいます」
「で、武くんの“能力”を確信できたんだね」
 晴香は頷いた。武は後ろで頭を抱えている。
「で、晴香ちゃんは比較的“能力”が見えにくいから、武くんが、わざわざ騒ぎ立てた。で、あってる?」
「ちがっ」
 武は否定したが、晴香が頷いた。晴香と武は幼なじみで、両家も近しい間柄だった。武が盾になり、晴香の能力を隠し通し、いずれは二人で慈恵院に逃げるつもりだったそうだ。
「どうして、“逃げる”の?」
「うちの両親は、“能力者”に不寛容なんです。とても、娘が“能力者”だなんて、到底受け入れられるとは・・・」
「武くん・・・こないだの続き、言うね。
和尚がね、こう言うんだ。『今は逃げてもええで。でも、逃げ続けたら、アカンよ。逃げ続けたら、今度は、自分自身から逃げなアカンくなるからな』って。
 最初、慈恵院に来た子たちは、皆“なんで自分だけ”って思ってるの。
 でもね、それは違うんだって。自分だけじゃない。“能力”の有無も関係ない。人は、皆何かから逃げていて、いずれは、闘う事になるんだって」
 武は、泣くまいとしているのか、口をへの字に曲げている。美雪は、手招きすると、傍らにしゃがみこんだ武の頭を撫でた。
「闘うための術を教えるのが、慈恵院。そして、あたしたち大人なんだよ。安心して、あなたは一人じゃない」
 病室の中で、武と晴香はわんわんと子どもの様に泣き出した。他の病室の患者が、驚いてのぞき込むほどに。美雪は参ったなと笑った。

 安静状態から解き放たれたのは、桜がすっかり散ってしまってからだった。久しぶりの登庁に、美雪は姿勢を正した。
 風が、ざわっと通り、桜の実を揺らし、葉を落としていく。ゴールデンウイーク過ぎでもいいと、門司課長は言っていたが、美雪は早く現場復帰したくて仕方なかった。
「なにしてるの? いくよ」
 美雪は振り返ると、声をかけた。登庁する、他の職員が、奇異の目を向ける。
「ほら、早く」
「・・・・・・どうしてわかったんですか?」
 ゆらっと陽炎のようなものが揺らめき、やがて人の形をとり、その人物は、じわっとその場所に現れた。怒っているような、泣き出す寸前のような。下唇をきりりと噛み締め、まだ少女と言った方が似合いそうな女性が、立っている。
「うん、なんか、居てくれてるようなきがしたの」
「論理的に言ってください」
「いやぁ、なんとなくとしか・・・」
「褒めてません」
 美雪が照れたように笑うと、女性はぷうっと頬を膨らませた。
 入江“インビジブル”梓は、桜の季節からずっと、登庁拒否をしていた、新人だ。その二つ名の通り、彼女は透明人間である。
「さ、いこ。今日は小学校訪問だよ」
「二課には、学校訪問以外の仕事ないんですか・・・」
「まあまあ」
 美雪は梓の両肩を持つと、二課へと誘った。
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