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特二!

プロローグ
『警視庁・特殊能力対策課』。
 深迫 美雪の所属する、職場の正式名称である。
“特殊能力”。いわゆる、エスパー等の特殊能力を有する者たちの増加は、21世紀への突入を期に、爆発的な数字を記録し、今や大して珍しくもないものとなった。専門家が言うには、人類の進化の一種であろうという事だ。
 その爆発的な増加は、当然のように犯罪の増加も招いた。『大いなる力には、責任が生まれる』とは、誰が言った言葉だったろうか。それらの“能力者”による犯罪は、まずはヨーロッパで始まった。
対岸の火事と見ていた日本も、例外ではなく、“能力者”への迫害に始まり、犯罪の増加へとつながった。『我が国には、“能力者”はいません』とまで言い切っていた政府も、さすがに無視できなくなっていったのだ。
 異質な者たちの歴史は、迫害に始まり、大きな抵抗へとつながるのである。
 警察機構も、ただその犯罪を見ているだけではなかった。すなわち、発見、教育、そして抑止の三つ。“能力者”先進国の一つであるアメリカに、日本はならったのだ。
 一つは、“能力者”を教育すること。能力学校が警察の旗振りの元、創設され、“能力者”は、自分の力をコントロールすることを学ぶ場を提供された。能力者学校“慈恵院”の誕生である。
慈恵院は、二年制を基本とし、各々の能力に応じて、その学ぶ期間を異にする。世界で五本の指に入る、サイキックである、水上 康安和尚ら選りすぐりの“能力”のエキスパートが、その任にあたっている。
 “能力”が、仏からの授かり物であるとは、何とも日本らしい考え方といえよう。
 もう一つは、“能力者”を採用すること。警察の中に、対・“能力者”の部署を創設、慈恵院からの積極登用を試みた。
 結果、生み出されたのが、『警視庁・特殊能力対策課』である。
 美雪は、ロッカーでいつものベストに着替えると、『二課』の札がぶら下がった、一室へと入っていった。
一課ではなく、二課。一課は、エリート集団と呼ばれ、彼らの力は犯罪を制圧するのに十分なパワーを持っている。コードネームを有し、捜査の性質上、本名が表に出る事がないようにしてある。二課もコードネーム持ちではあるが、二課はあくまでも一課の補佐。マスコミへの対応、広報活動、“能力者”の保護等々、多岐にわたる。
「おっはようございまーす」
「おはよう、美雪ちゃん」
「おはよう、嵐山さん。今日も朝から鍛錬怠らないね」
「もちろん」
 美雪に挨拶をしながら、ダンベルを上げ下げする大男は、二課の美雪と課長以外の唯一の課員、嵐山“ビースト”薫。彼は、体に力を入れると、“ビーストモード”と称する筋肉隆々の体つきに変化する。同時に、聴覚や嗅覚も鋭くなる。だから、“ビースト”。
「登庁早々、出動のようだよ、リーダーさん」
「おはようございます、門司課長。また一課の無線の盗み聞きですか?」
 門司“アイスショット”文課長。彼女は、氷を表出させる能力を有している。その気になれば、“アイスショット”の文字通り、礫をスナイパーレベルの腕で、標的に当てる事もできるが、何故か一課ではなく、二課にいる。
「盗み聞きとは、人聞きの悪い言葉だな。どのみち、すぐにこっちにも出動要請がくるよ、なぁ、ネコ課長」
 三毛猫の雄が、門司課長の膝の上で、にゃあと返事をするように鳴いた。実は、この珍しい猫も、更に珍しい事に能力者である。知能は小学校三年生程度、名前はふくまる“チャーミング”猫課長。彼の波動にかかった者は、皆、ただの猫を愛でる人に心が軟化する。
「じゃ、いってきます」
「おう、せいぜい活躍しておいで」
 門司課長に見送られ、美雪はミニパトカーのカギを握ると、嵐山と二課をあとにした。

 廊下を急ぐ美雪の鼻先を、ふいっと何かの香りが撫でていった。一瞬、違和感を覚え、美雪は身をひるがえした。
「美雪ちゃん??」
「・・・・・・蚊取り線香?」
 まだ梅も開いたばかりだというのに、蚊取り線香の香りを嗅いだような気がして、美雪は眉間に皺を寄せた。いや、気のせいか?
「ごめん、嵐山さん。今行く」
 山奥で軽飛行機事故が確認された。情報はそれだけだが、『特対課』の出番という事は、特殊能力を有する者が関わっている可能性が高いという事だ。多くの人命がかかっている。美雪は居ずまいを正した。
「現場は山林。 犯人は二人! 落下は作為的なものです。中で乗員乗客が人質になっています!」
「二課、現着しました!」
 すでに課員の能力でテレポートしている一課の者たちの返事はない。
目を閉じ、頭に軽く手をあてて、『特一』の若きエース、霧島“チャームド”佳子よしこが飛行機内を探査中だ。
「さっすが、佳子。同期のトップだわ」
 ふと、再び夏らしい香りが鼻をつき、美雪は思わず大きく翻った。誰もいない・・・・・・。
「おい! 『特二』! 仕事しろ!!」
「あ、はい!!」
 美雪は大きく返事すると、あらかじめ用意されていたヘルメットと、いつものベストを確認装備した。
(蚊取り線香だったよね・・・・・・??)
 山道には、早速報道陣が詰めかけていた。地元警察が封鎖しようとしているが、無理やり入ろうと、大騒ぎになっている。
「嵐山さん!」
「OK」
 嵐山は、その群衆に歩み寄ると、ふぅーっと一息吐き、瞬時に体を“ビーストモード”に変化させた。
「はい、ここからは入らないでください」
「うわっ、『特二』だっ!」
 一斉に人がひく。その隙を見て、美雪は『KEEP OUT』の黄色いテープを貼ってしまった。
「『特一』も来てるんだろ? 撮らせろよ!!」
「おこたえできません。危ないので、下がってください」
「『特二』はお呼びじゃねーんだよ、地味能力集団!!」
 怒号が飛び交う。仕方ない。『特二』の主な仕事は、こういった後方任務で、最前線で闘う『特一』は、今や日本が世界に誇るヒーローだ。
「魔女が飛んだぞぉ!」
 その声に、嵐山を押していた報道陣が一気に空を見上げる。仲間を数人載せた、箒の先には、コードネーム“チャームド”こと、佳子がいる。『特一』が、正式出動したのだ。
 と、ヘリのバラバラという音が聞こえて、美雪は見とれていた佳子から、意識をはずした。
「しまったっ、ちょっと行ってきます!」
 そういうと、美雪はぐっと足に力をいれ、しゃがみこんだ。そしてそこからスプリングをきかせたかのように、高い木づたいに、ジャンプを繰り返し、最後にヘリの足にとりついた。
美雪のコードネームは“ラビット”。最長5メートルの跳躍能力だ。
「報道規制がかかっています。退去してください。人命を損なう危険性があります」
 美雪はヘリの足にぶら下がると、外から無理やりドアを開けた。
「避けっ!」
 墜落した軽飛行機方面から気配を感じ、美雪が振り返ると同時くらいに、光の玉がヘリ目がけて投げ込まれた。明滅している玉を、美雪はエネルギー弾だと判断した。爆発する!
「逃げてっ」
 美雪は中に飛び込むと、エネルギー弾を抱え、外に思わず飛び出した。
「あ、しまった」
 足元の心もとなさに、美雪はまたやってしまったと思った。
「美雪ちゃん?!」
 下にいた佳子は悲鳴をあげた。今まさに、同僚が落ちていくのが視えたからだ。感情の極端な波動は、好むと好まざるとにかかわらず、佳子の中に干渉してくる。
 ふと、蚊取り線香の臭いが、佳子の頭を撫でた。
「エネルギー弾を投げてっっっ!!」
 声が聞こえ、美雪は咄嗟にそれを空中で投げた。
「ヘリに戻さないでくださいよ!」
 誰かに耳元で叫ばれ、美雪は思わず耳を塞いだ。ぼすっと音がして、美雪は誰かに抱きとめられた。
「跳躍能力か、ちょっと借りるよ」
 蚊取り線香の臭いが、頭を撫でる。顔をあげると、男がにこりと笑った。
「ちょっと荒いよ!」
 男は、木の枝の先に爪先で立つと、ふぅーっと息を吐いた。と、嵐山の“ビーストモード”に男は形態変化をし、どんっと空気を震わせて、一気に光球まで跳んだ。美雪は光球をキャッチすると、今度は何もないところに投げた。間一髪、爆風が男の顔を浮かび上がらせた。美雪の知らない顔だ。『特二』でも『特一』でもない。
 男は再び木立の上から跳び、片手で軽くヘリに触れた。
「ヘリポートに戻ってろ!!」
 ヘリは一瞬で消えた。テレポートさせられたのだろう。
「蚊取り線香の・・・・・・臭い」
 美雪は、警察署内で嗅いだのと同じ臭いを男から感じた。
「くるぞ!」
「えっ、きゃー!!」
 美雪は男の叫びと共に、遥か上空へと放りだされた。軽飛行機から、何かが走りだしてきたのを目の端で確認すると、美雪はベストの両ポケットに手をかけた。落下傘が仕込まれている。よくこういう類の失敗をやらかして、落ちている美雪に、課長が必ず装備するようにとくれたものだ。
「すごい、互角に闘ってる」
 時折、木の上に落ちては、跳躍を繰り返し、男は応戦している。美雪はゆらゆら落下しながら、それをつぶさに観察した。打撃には打撃を、蹴り技には蹴り技を。男の動きは、相手の動きの反復のように見える。
「どうしてあんな動きするんだろ??」
 一瞬、両者がすれ違ったほんの一瞬。男が敵の頭を撫でたように見えた。すると、今度は動きが反転した。男の方が優勢になったのだ。先の手を読んでいるかのような動きに、敵はついていけていない。
「そこだ、やれぇ!!」
 美雪は思わず歓声をあげた。美雪の方に敵の意識がそれる。男は、敵の襟首をつかむと、地面目がけて叩きつけた・・・・・・。

 「今日から我々『特二』に配属になった、香取くんです」
 猫課長の頭を撫でながら、男は人好きのする笑顔を向けて来た。
「ウチ?! 『特一』じゃないんですか??」
 猫課長は『特二』のマスコットキャラクターである。広報活動も、『特二』の仕事だ。
「僕は、人の能力を“取る”だけだから、『特一』じゃ、無理だよ」
 香取は照れ臭そうに頭を掻くと、『おっと・・・・・・』と、小さく呟いた。
「切れてきちゃった」
 鞄からガサゴソと大きな缶を取り出すと、香取はマッチをすった。
「蚊取り線香!!」
「彼は、線香の匂いを嗅ぐと、他人の能力をコピーできる、能力者なんだよ」
 携帯ようの蚊取り入れにあの緑色の渦巻きを入れると、香取はにっこり笑いかけて来た。
その場にいる、『特二』の全員が思った事を、美雪は思わず口走った。
「駄ジャレかよ・・・・・・」
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