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バーボチカの冒険 激震のフロンティア

幕間 商会の会議
 時はさかのぼり、爆破が終わった後の昨日。昼前の十一時、商会の本社一室にて。

「……これより臨時総会を始めます」

 集められたのは幹部と海軍将校。バーボチカの顔を見た三獣将もそこへ呼ばれていた。

「マクシミリアン会長、これは一体どういうことなのですかな?」

 集まった将校三人はいずれも将官であった。メガネをかけたスキンヘッド、生え際が後退しつつある金髪、白髪の老人の三名。階級証は老人、メガネ、金髪の順番に上であり、たった今メガネが発言した。

「この資料、さすがに何かの間違いではないのかね? 建造中の竜騎士空母ジャンダル級二隻戦艦ジルレー級十二隻が全て爆破されたとは?」

 三人の中で一番階級の低い金髪は落ち着きも一番ないようであり、配られた資料を机に叩きつけ怒っていた。
 ジャンダル級は帝国の最高戦力竜騎士団との共同作戦用に建造された空母。魔物や他国との海戦において圧倒的な優位をもたらすはずだった最新鋭艦であり、ジルレー級はジャンダル級の守護を行うために新規開発された戦艦である。

「いえ……残念ですが本当です。何者かの破壊工作により造船所ごと全焼しました」
「なんだってえ!?」

 神経の苛立ちが早くもピークとなったこの男は、八つ当たり同然に目の前の机を両手で叩き伏せた。

ジャンダル級我々の威信をかけた新鋭艦なのだぞ! どうしてくれるのだ、キサマ!? これではまた陸軍の連中に笑い者にされるではないか!!」

 アルミュールは陸軍国であり、海軍の彼らより多くの予算を割り当てられている。優秀な兵員の取り合いでも負け気味であるため、両軍の関係は年々悪化している。
 特にこの将校はアルミュールの海洋進出が遅れている理由の全てを、陸軍に予算を取られているせいだと思い込むほどに陸軍を敵視している(そしてその思い込みは実のところ部分的には正しい)

「マクシミリアン君。陛下が君達の武装を認めてくれたのは、このような事態を自分で防げるようにという計らいなのだよ? 君には陛下の信頼を裏切った自覚はあるのかね?」

 正反対に見た目通りの静かな圧をかけるスキンヘッドの将校。騒ぎ立てるような真似はしないが、この大失態を前に黙っている程甘い相手ではない。

「お前達、よさんか。みっともないぞ」

 一方老人は外部の者に圧をかけるようなやり方が嫌なようであり、二人を諫めていた。

「いいえ、お二人の仰る通りです。総帥。全て我々の警備体制が甘かったからもたらされた結果です。誠に申し訳ございません」
「ならば今すぐ打開策の一つでも提案してみたらどうだ!?」
「その通り、それこそが今示すべき反省と誠意だ」

 それでもやはり、納入間近の新鋭艦が全て失われたと言われて落ち着けるほど二人の器は大きくなかった。

「そのことで、一つお願いが――」

 会長の発言、それを――

「何い? これだけの損害を出しておきながらまだ図々しく助けを求めるのか!?」

 金髪が遮った。

「まあ待て。どんな提案も聞くまで良し悪しはわからん。一度だけ静かに聞いてやろう」

 だがそこを、再び老人が諫めた。

「……感謝します」
「で、諸君はどのような作戦でこの損失を取り戻すのかね?」
「損失を取り戻すというよりは、二度と損失を出さないための作戦です。クラーク、説明しろ」
「はい」

 立ち上がり、三人へ次の資料を配ったクラーク。その一枚にはバーボチカの極めて鮮明な似顔絵があった。

「この小娘は私が交戦した侵入者です。その場では取り逃がしましたが、探知魔法ビーコンを使いました。現在この小娘は海路を用いてリョート島方面へ移動中です」

 さらに三人へ箱を差し出す。中には赤紫に輝く石が入っていた。

「この魔石を各拠点の司令官に配って下さい。対象が近寄れば輝きが増していきます」
「しかしこの女、もし人間ならばまだ子供ではないか」
「恐らく仲間がいたのでしょう。少なくとも一人は確認しているようです」

 流し目で同僚二人を見る。まるで取り逃がしたことを責めるように。

「……この娘は危険です。今頃更なる破壊の準備をしているかもしれません」
「つまり?」
「この娘を抹殺するために今すぐ行動するべきです。この女が向かっているリョート島およびチトリ諸島は我々が次の開拓予定地としていた場所です。その情報を掴んだ魔物が破壊工作を行ったと思われます」

 もっとも、彼らもどのようにして開拓を察知されたのかは想像できていないようだ。ましてや未来予知の力を持つ協力者がいることなど、夢にも思っていないだろう。

「確かに放置するのは危険だ。我が軍の上級魔術師と比べても遜色のない腕がある君が取り逃すくらいだからな」

 クラークを見つめる老人、その表情には少しずつだが緊張が増しつつあった。

「……とにかく、攻撃にはあなた方海軍の協力が必要です。今の我々では島を制圧するのには戦力が足りません。二度と奴らの好きにさせないために、兵を貸してください」
「わかった。兵を貸そう」

 了承するのを見て、スキンヘッドと金髪が仰天した。

「何ですと!? 本当によろしいのですか!?」
「これだけの大失態を犯した彼らに兵を貸すのは、いささか博打が過ぎませんか?」
「お前達、もし仮にこの娘の次の標的が我々だったらどうするつもりなのだ? 放置すれば国家に大きな打撃を与えうる器がある。それを刈り取るのは我々にとっても無意義なことではない。むしろ我々が真っ先にやるべき仕事だ」
『…………』

 沈黙は賛同と同じ。そのまま会議は進んでいった。





「……最後にこの娘のコードネームを決めよう。我が軍のみならず、陸軍にも警戒を呼び掛ける必要がある脅威だ」

 老人の提案に、ノッポが一言。

「……紅い蝶
「ん?」
「こいつのコードネームは紅い蝶で決まりだ」

 特段地位が高い訳でもない男が、一方的に提案した。

「……確かに、伺っている限りでは小さいながらも驚異的な娘だと思う。だがなぜ、蝶なのかね?」
「俺の故郷では紅い羽の蝶は死神の使いとされている。死に追いやった者の血で羽を赤く染めた、小さい死神だ」
「……そうか」

 どうやら将校達は他にふさわしい呼び方が思いつかなかったらしい。全員が納得したようだ。

「では、これよりこの娘を紅い蝶と呼称する」

――それから会議が終わり、己の基地へと戻って行く将校達。それをクラークが見送った。





――それから時が過ぎ。クラーク戦死から三時間後。商会はまた会議を開いていた。

「……マクシミリアン、監視塔が赤い魔力光を確認した」

 今集っているのは会長と残った三獣将二人だけ。海軍将校を招集する時間はなかったようだ。

「……クラーク、デスパレートブラストを使ったのか」
「ああ。間違いない。あいつは紅い蝶と戦って自決した

 会長とノッポの男が話し込む。仲間が発した捨て身の魔法、その余波による光を確認した。

「荷の重い任務ではないと思ったのですが……どうやら奴らの戦力は我々の想定以上のようですねえ」

 肥満の男の腰の低い言葉に、二人の緊張が深まる。

「どうやら俺達も前線に出ないとダメらしいな、バゲット
「ええ、ジョージさん。その時はよろしくお願いしますよ」

 造船所で些細なことで喧嘩したこの二人だが、仲間の自決を見た後ですらいがみ合うほど不仲ではないらしい。

「だが羽の生えた男はまだ見つかっていないのだろう?」
「ああ。地上方向に逃げられたからな。追いかけるには陸軍の協力が必要だ。だけど海軍と仲良くしている俺らに協力してくれるとは思わない」

 一応陸軍は、確執があるとはいえ同じ国家に仕える同胞が破壊工作を受けたことを重く見ている。その証拠に地上の各拠点では、この破壊工作に便乗した武装蜂起を防ぐために警戒態勢の強化が行われていた。
 一方で妖精達への報復は全く考えていないようだ。当日集団行動を執っていた者がいることは伝わっているが、どの秘境の集団なのかすらわからないまま無差別に攻撃するのは危ない。妖精の力は未知の脅威となりえる

「やむを得ん。今はその小娘に集中しよう。全海上部隊に伝達。これより我々はマバ島への攻撃を開始する」
「陸は任せたぞ、マクシミリアン」
「それでは、行ってきます」

 一言伝えて去っていくノッポ。肥満の男がそれを追った。
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