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バーボチカの冒険 激震のフロンティア

殺戮のメイルシュトローム
――とうとうメドゥーサの指定した作戦エリア、エキドナポイントにたどり着いた彼女。

「――ここって!?」

 だが彼女は、そこに広がっていた景色に驚愕した。そこではなんと――地上魔物達が大勢集い集落を造っていたのだ。

 無論彼らはここでこれから戦争が始まることなど全く知らない。知っているわけなど、あるはずがないのだ。

「戦士長、ゴ無事でしたカッ!」

 二人がエキドナポイントにたどり着いたことで、彼らの方へギルマン達が呼びかけている。急に案内役を任せられた戦士長と違い、彼らは皆陸戦装備のローブを着こんでいた。

「アア! ダガ奴ニ見ツカッタ! 急イデ作戦ヲ開始シロ!」

 体力を著しく消耗した状態でありながら、適格な指揮を執る戦士長。

「何言っているんですか皆さん!」

 だが非戦闘員が避難していない様子を見たバーボチカは、不自然すぎるほどに冷静な様に怒りの声を上げた。

「ドウシタ、小娘!?」
「あなた達は私をだましていたのですか!? 罠を設置したポイントが集落の真ん中なんて! 巻き込まれる村人達は――」
「――敵将、セッキンッ!」

――不平が聞き入れられるより先に、戦いが始まってしまった。

「うわあ!? なんだ!?」
「あれはハルピュイアか!?」

 ついさっきまで平時の生活をしていた村人達は、クラークの姿を見てやっと状況に気が付いた。

「この島にハルピュイアがいるなんて聞いたことが――」

 クラークをハルピュイアだと見紛う村人達。だが口々に叫んでいる間に彼女の魔法が発せられ、その一人の言葉が途切れた。

「うわあああっ!?」

 パニックが発生するのは火を見るよりも明らかなこと、だがギルマン達はそんな彼らをよそに作戦の準備を始める。

「……へーえ、ずいぶん必死に逃げていると思ったら、お仲間さんのところまで逃げていたのね」

 一方クラークは予想外の景色に感心していた。

{{「……ああっああっ」}}

 罪のない命を理不尽に奪った敵将、それが発した心外な賞賛に想像以上のショックを受け崩れ落ちてしまうバーボチカ。
――そう、彼女は地上魔物の犠牲を全く顧みない非道な作戦を完成させるために、このエキドナポイントに誘導されたのだ。

「だったら一人残さず、殺してあげる!!」

 クラークが再び風魔法を放つ。あろうことか、今度の攻撃はバーボチカをはじめから狙っていない。まるで残虐な死を幼子に見せるかのように、全く罪のない地上魔物を故意に狙った。

「ウワッ」

 切り裂かれたのは、自分と同じゴブリンの女の子だった。縦方向に飛ばされた刃が彼女の体を切り裂き、血液を広くまき散らした。

「うわああぁ! お姉ちゃーん!!」

 惨い亡骸に向かって泣き叫び駆け寄る男の子、恐らく彼女の弟なのだろう。

「アッハッハッハ、そうよそうよ泣き叫べェ!!」

 残虐に笑う鷹の眼は、無防備な獲物を逃すはずがなかった。今度は魔法を使うことなく急接近、そして足のかぎ爪をその無垢な喉に突き立てた。

「アッギャッ」

 乱暴につかんだ脚から垂れる血液、この時点でも充分すぎるほどに致命傷なのに、クラークは己の愉悦を満たすために更なる攻撃を加える――なんと、飛び上がった勢いを使って彼の体を住宅に叩きつけたのだった。

「…………」

 静かに落ちて転がった亡骸は、喉のまわりが切り開かれたかのように肉を晒しており、顔も薄くすり減っていた。

「オマエタチ、死にたくないナラ戦エ!」

 その惨い亡骸を見てもなお、戦士長は何の感慨も感じなかったようであり、冷酷に檄を飛ばすだけだった。

「…………!!」

 次第に騒ぎに気付いた戦闘員の魔物達が武器を構えてやってきた。状況は理不尽でも今戦わなければ全滅を待つだけだった。どんなに不本意でも指示に従うしかない。

「アッハッハッハ、アッハッハッハ!!」

 一方でその様子を見たクラークは、悦びの感情で下品な叫びを上げるだけであった。己の発明品を実験する標的が余るほどに集まってきたのだから。
 その様に発明者としての知的さは何一つ感じられない。そこにいるのは完全に血に酔った、殺戮に愉悦を見出すだけの魔術師のなれの果てにすぎなかった。

「小娘、逃ゲロッ!」

 武器を構えた地上魔物達が無策に挑む中、戦士長は死よりも苦痛な絶望に浸っていた少女の後ろ襟を乱暴につかんだ。

「――でもっ! 彼らを助けないと!」

 無理矢理前線から引き離されようとされたことで、バーボチカはようやく己の狩人としての魂を呼び覚ました。
 だがそれは――明らかに遅すぎた。再びまた村人の一人が、残虐に切り裂かれる音が響き渡ったのだから。

「――!?」

――それから先も、クラークは一歩も引かずに魔物達を次々始末していく。風魔法によって無造作にまき散らされたその景色は、まさに殺戮のメイルシュトロームであった。

「ああ、また!? 早く助けてあげなきゃ――」
「――アキラメロッ! アイツラハ、囮トシテ使エ! ソレガ、メドゥーサ様ノ作戦ダ!」

 この魚の顔をした男が発する言葉は、あまりにも残酷だった。彼が盲目的に叫び続ける主への忠義、それはギルマン達が最初から地上魔物を見殺しにする前提で作戦を組み立てていたことの証明だった。

「……!!」

 どんどん遠のく前線、そして己の発した涙。彼女も今戦っている村人達と同じ、道具だった。この男とメドゥーサに騙された挙句、何の罪もない者達を盾として使うことを強いられた。

『悔しいか、バーボチカ』

 その時再び聞こえた、メドゥーサの声。今度は小動物を経由した意思疎通ではない。直接耳元に、憎悪するべき忌々しい声がテレパシーとして響き渡った。

『私が憎いだろう、バーボチカ』
「――!!」

 耳をふさいでも、声の大きさは変わらない。むしろ奴は、その拒絶する様を面白がったのか、ますます声を大きく響かせてくる。

「こんな、こんな惨いことをして――あなた達は!!」

 叫ばなければ、心が壊れそうだった。

『奴を倒した後なら、恨み言はいくらでも聞いてやる。今は早く奴を倒せ。そうすればいくらでも褒美をやるぞ?』
「――命をッ! 何だと思っているのッッッ!!」
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