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バーボチカの冒険 激震のフロンティア

空を舞う紅い蝶、目覚める少女の力●
「ヒャッホー!!」

 全力で駆けるオーガ。間合いに入ったところで両腕を開き、掴みかかる。

「――えい!」

 その直前に、バーボチカが地面を蹴った。身軽さを活かした跳躍だ。

「おひょ?」

 空ぶったところで、肩に視線を向けるオーガ。そこに飛び乗った少女に注視していた。

「へーえ、君はまるでフクロウみたいだねえ!!」

 自ら捕まりにきた、そう思っているのか明らかに油断していた。

「ほーら、そんな危ないもの振り回したらダメだよ。僕に渡しなさい」

 反対の腕でナイフを取り上げようとしたところに、突きが放たれた。

「うぎっ」

 それでも相手はひるまない。握力で手のひらに刺さったナイフを無理矢理奪い取った。

「――チッ!」

 柄になく舌打ちして離脱するバーボチカ。腕を蹴って飛び大地へと戻る。その頃には既に、ナイフは刃を粉々に砕かれ投げ捨てられていた。

「オーッヒョッヒョ! これでもう、武器なくなっちゃったね!!

 早くも勝ちを確信したオーガ。だが彼はいち早く己の異変に気が付く。

「……む、血が止まらない?」

 手のひらの出血、その勢いが強いことに。

「……ダメだ、まだ足りない」

 一番苦い顔をしていたのはバーボチカだった。注入した量が足りなかったのか、仕留めきれていない。
 予備のナイフはまだあるが、全部壊される前に仕留めきれるかは大きく不安が残ると言いざるを得ないだろう。

「――ハアァァァ……!!」

 一方で、オーガは深く呼吸を始めた。

「…………?」
「フンッ!」

 気を高めるような掛け声。そして力強く、掌底を構えた。あろうことか、刺し傷の出血が止まっている。いや、厳密にはまだ少し出ているのだが、毒の効果が出ていると言うほどの勢いではなくなっていた。

「…………!!」

 どうやら呼法だけで毒を分解したらしい。生命力を活性化する呼法は、極めれば劇毒すらも浄化してしまうようだ。
 これはつまり、バーボチカにとって最悪の相性とも言える。ほとんど手傷を負わせることなくナイフだけ丸損してしまった。

 毒が効かないなら直接急所を切り裂くしかないだろう。だがあの体格相手では近寄るのは容易ではない。
 バーボチカは戦闘経験こそ浅いものの、観察眼とセンスに関しては群を抜いている。それが幼少から狩人をしてきた彼女の力だ。

「ねー君、ナイフ何本持ってきているの?」

 余裕のない相手に挑発を仕掛ける、ゲスな嘲笑。

「……そんなこと、わざわざ敵に教える人がいますか?」
「答えてくれないなら勝手に予想するね! 三本か四本!!」

――あてずっぽうだが本当に範囲内だった。持ってきた分はさっき失ったものも含めて四本。全部失ったら矢を緊急用の武器として使うしかない。

 だが相手のタフネスの前ではそちらも使いきる危険性が高い。少なくともこの調子で失い続けたらいくら武器があっても足りないだろう。

「ヒャッホホー!!」

 上機嫌に迫るオーガ。バーボチカが武器を構えていても、彼にとってはアドレナリンを強めるほんのわずかな心地よいスリルに過ぎなかった。このままではジリ貧になる一方。反撃を避けて確実に毒を打ち込みたいが、想像以上に機敏な巨体に防戦を強いられてしまう。

「……くぅぅ!!」
「アッハハ、待て待てー!!」

 逃げることしかできないバーボチカ。それも狙いがフィーアにそれることがないように距離を維持しながら。

 安全圏から弓で攻撃できたらそれが一番楽なのだが、これだけ速い相手がそんな隙を見せるはずもない。

 森での生活で鍛えられた脚力をもってしてもなお、相手の尽きることのないスタミナの前には次第に追い詰められていく。

「うわっ!」

 最悪の事態が起きた。後方にばかり注視していたがために石にひっかかり転んでしまった。

「チャーンス!!」 

 無論、奴がこの好機を逃すはずがなかった。両腕を押さえて抱え上げられてしまった。
 そして武器を器用に取り上げて投げ捨てていく。もう彼女に抵抗する手段はない。まるで羽をむしられた蝶のようだ。

「放してー!!」
「えっへっへ、ムーリ!」

 万事休すか。そのまま彼女を連れ去ろうと再び駆け出す。
 相手の狙いを見るに、命だけは助かるだろう。しかし故郷を守るために旅立った少女の戦いが、こんなにもみじめな終わりを迎えてしまうとは。戦って死ぬよりも残酷な事実であった。

「やめろおお!!」

――その時、想像を絶する力強い咆哮が響いた。
――パアンッ! 乾いた音が響き渡る。小石が真っ直ぐ飛んでいき、オーガの後頭部に命中した。
――だが、それだけだ。小石は皮膚を貫くどころか、弾かれて地面に落ちた。

「おひょ?」

 バーボチカを掴み上げたまま、後ろを振り向くオーガ。声の主はもう一人の少女フィーアだ。
 足元には小型の投石機のようなものが置いてある。即席だがバーボチカが防戦を強いられている間に用意したようだ。

「その子を放せ! さもないと……殺してやる!!」

 泣きながらの怒号。何かが彼女を焚きつけたのか、思いっきり注意を引いている。

「ふうん、君、ゴーレム使いなんだね!」

 オーガはこの小さい投石機がゴーレムだと気付いたようだ。
 ゴーレムは本来、土や石などを混合し素材にして作るものだ。
 だが彼女は木材だけを利用して作ったようだ。しかもオーガが興味を持ったのはそこではなかった。
 粗末な作りながらも正確な射撃で、自分の頭を射抜いたことだ。
 つまり、これはただの子供だましではない――本物の殺意がある。
 そう確信した瞬間、オーガは興奮したように笑い始めた。

「もしかして仲間に入れてほしいの? でもごめんね。欲張ってどっちもゲットできないのが一番嫌だから。バーイ!」

 私欲に駆られた獣同然の魔物であっても奴は優れた魔法使い。オーガの中では賢い方の男だ。気を取られることなくバーボチカの捕縛だけに集中するつもりのようだ。

「やめろおおおおおお!!」

――再びオーガが優れた脚力を披露しようとその時、轟音が響いた。

「グニョッ!?」

 一気に止まるオーガ。その胴は隆起した地面に貫かれていた。
 あふれ出る血液。間違いなく致命傷だ。そしてこの土の槍は、なんとオーガのみを貫いており、バーボチカにはかすってすらいない。
 そう、これがフィーアの魔法使いとしての修行の成果だ。彼女の魔法は土属性をルーツとした黒魔法である。
 魔力で操るだけでなく、自ら生み出し、また逆に分解することもできるのだ。
 つまり彼女が魔力を込めれば、大地は隆起となり敵を貫く槍となるのだ

「……一回で……当たった?」

 そしてこの結果に一番驚いていたのは彼女自身であった。一度で成功する自信がなかったのか、不安げな表情を浮かべている。
 だが、これで勝負ありであった。

「――やった!」

 オーガが手放したおかげで落下したバーボチカ。正確に受け身を取り、急ぎナイフを拾い集めた。
 そして再びの跳躍。今度こそ自らの意思で宙を舞った彼女は巨体に飛び乗り喉を引き裂いた。
 無言で息絶える巨体。彼女らを追い詰めた強敵は、己の手心によって仕留められることとなった。
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