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バーボチカの冒険 激震のフロンティア
魔女の弟子
里に向かい急進する一行。しかし先を進む途中で泣き声が響いた。
「む、なんじゃ?」
「女の子の声……ですね」
次第に近寄ってくる泣き声。ついにその正体が躍り出た。
「うわーん、お師匠様のバカー!!」
現れたのは金髪の少女。黒いロリータ服は土やすすで汚れており、台無しになっている。見たところケガをしているわけではなさそうだが、こんな非常事態の最中に子供が一人で出歩いているとは。
「……いかん、このまま放っておくと魔物に襲われかねない。里にはわらわ一人で行くから、お前達はあの子を見ていてくれ」
「……はい、お気を付けください」
魔物から逃げてきたならもちろん、そうでなくとも安全なところまで逃がす必要がある。もっとも里を襲われた現状では森の外以外に安全な場所などない。近くで襲われないよう守るしかないのだ。
「ねえ、そこのお姉ちゃん」
優し気に近寄るバーボチカ。目の前の少女は彼女よりもやや大きい。十歳前後といったところだ。
「……だーれ?」
「私はバーボチカ! お姉ちゃんの名前は?」
「……私はフィーア」
「なんで泣いていたの?」
バーボチカが尋ねると、彼女はまた一層強く泣き出した。
「お師匠様に毎日修業をさせられているの! すごく痛くて辛くて、怒られてばかりで!! 嫌だから家出してやったのよ!!」
悲痛な叫び。彼女が何の修行をしているかはわからなかったが、逃げ出したくなるほど辛いものなのは間違いない。
「……そっかー、辛かったね」
バーボチカも初めから狩りが上手かったわけではない。そこまで厳しい練習を重ねた上でここまで来たのだ。射撃の上達はたまたま早かったが、地形の特性や罠の使い方、他にも色々苦労して学んできたから、今の彼女がある。
安易に投げ出そうとすることをとがめないのが正しい優しさなのかは判断しきれない。それでも、自分のことを認めてくれる他人が周囲にいなくて逃げ出して来たのなら、決して間違ったことはしていないはずだ。
「ほーら、元気出してー!」
妖精達もこぞって慰める。花や木の実を取ってきて各々が差し出した。
「……みんな、ありがとう」
受け取る少女。みんなからの優しさを一身に受け、ようやく泣き止んだ。
「――あ、みんな! 気を付けて!」
しかし現実は、再び過酷な空気を作り出す。
「ギシャシャ、見ツケタゼ! 逃ゲタ妖精ドモッ!」
――そして、彼女達の目の前に現れたのは、まさにゴブリンだった。
それも、彼女の記憶の中にある姿とはかけ離れたものだった。半裸で気品のない姿のオスばかりで、リョート島の個体よりも凶悪な顔をしていた。
そして一人、明らかに体格が違う個体がいた。人間で言うところの背の低い中年男性のような体格の個体が混ざっている。リョート島には生息しない上位種、ホブゴブリンがいた。
「オヒョー! 弄び甲斐のありそうな人間のメスが二人も!!」
リーダー格と思われるオーガが前へ。別動隊を差し向けてきたみたいだ。この様子だと、先ほどの連中とは別グループだろう。
ゴブリン達は全部で17体。こちらよりも多いうえに、子供連れなので逃げようにも逃げられない。
しかもゴブリン達は獲物を前に舌なめずりをしている。明らかに楽しんでいるようだ。
「お前ら、人間だけ生け捕りにしろ! 捕まえた奴には分け前を二倍にしてやる!!」
――リョート島のゴブリンと、大陸のゴブリンは品種が違うからか、彼らはバーボチカのことを人間と誤認しているようだ。
「キャキャ、アイアイサー!!」
「コンナガキナラ、オイラ達ニモヤレルジェ!」
「ギャギャギャ、イクノジェェー!!」
ナイフやこんぼうを構え、突撃するゴブリン。
「――みんな、戦いましょう! お姉ちゃんは私から離れないで!」
「う、うん……」
バーボチカの号令に覚悟を決める妖精達。さっきはドラゴンに恐れをなして逃げ出したが、もう逃げられないとわかったから戦うつもりのようだ。
「一斉に撃つよ! せーの!!」
円陣を組み、合図に合わせて魔法と吹矢を放った。全方向に炎の塊、氷のつぶて、石ころ、針が飛んでいく。それに合わせてバーボチカは一番力を込めた一矢を放つ。それはホブゴブリンの顔面に命中した。
「ギエッ」
「チニャッ」
妖精達の弾幕は決して厚くないが狙いはいい。ほとんどの弾が命中。運よく当たらなかったゴブリンも倒れた仲間を見て怖気づいてしまう。
「グハッ」
そしてバーボチカの撃った毒矢を受けたホブゴブリンが、頭から激しく出血し倒れ込んだ。
どうやら急所に当たったらしい。バーボチカの放った毒は、通常のものよりもはるかに強力な出血毒。それを頭に直接受けたことで絶命したのだ。
「ヒッヒェェ……アンナニイタノニ……!!」
残されたのはわずか五人。次が来たら今度こそ全員助からない。そう断言できる程、正確な迎撃であった。
「……すごいですね、みんな!」
これを見てバーボチカは妖精達が無力だから逃げ出したわけではないことを確信する。ジャイアントワイバーンという極めて危険性の高い魔物には怯えて逃げたとしても、雑兵相手なら充分に戦える、心強い味方なのだと。
「ニゲロー!!」
「あ、ちょっと待てよ!!」
リーダーの命令を無視して逃げ出す手下達。たった一回の一斉射撃で早くも形勢逆転。
――やった! 初めての勝利に喜ぶ妖精達。しかし喜んでばかりはいられなかった。
「……チッ、なんで僕ばっかり貧乏くじ!!」
苛立ちながら武器を構えるオーガ。金属製の杖だ。魔法使いなのか。
「もう一回!」
再びの号令に横一列に並ぶ妖精。一体だけになった相手にも容赦なく魔法を叩きこむ。今度は炎の魔法のみを集中させた。
――広がる爆炎と煙。しかしそれが晴れると、そこには直立する影が映っていた。
「……えっ」
「ざーんねーん!!」
それも、完全に無傷の姿のものが。オーガは光の障壁の後ろに立っていた。
やはりただの魔法使いではなかった。魔法を防ぐ強力なバリアまで展開している。妖精達の攻撃が効かなかったのはそのせいだろう。だがあれだけの猛攻を動かずに防ぐのは、それを知ってもなおいささか信じがたい景色であった。
「今度はこっちの番だい!」
杖をかかげ魔法を放つ。極彩色の光線が空を引き裂いた。上空を薙ぎ払い、一気に全ての妖精を撃ち落とす。
落下する妖精達に傷はない。そうであるのにも関わらず彼らは苦悶の表情を浮かべていた。
「あ、あう……しび……れる……」
そう、この魔法は傷を負わせることなく無力化するための魔法なのだ。浴びれば全身がけいれんし動けなくされてしまう極めて危険な光線。
おそらく、光を浴びた部分が麻痺しているのだろう。痛みを感じる間もなく気絶してしまった妖精すらいた。
「……!!」
それでもバーボチカだけは必死に意識を保ち、矢をつがえた。
「オーッヒョッヒョ! これであとは君達をさらうだけだねえ!!」
あろうことか嘲笑い杖を投げ捨てた。そして両手を広げ二人の少女に狙いを定める。
「う、うわああ……!!」
己よりも小さい少女に張り付き怯えるフィーア。逃げ出せば魔物に襲われるかもしれない。少なからず覚悟して飛び出していたとしても、相手はそれを打ち砕くのに充分すぎる恐怖だろう。
「……大丈夫だよ。お姉ちゃんは私が守るから」
ナイフを抜くバーボチカ。捕獲に固執しているなら、不必要に傷を負わせるようなことはしてこないだろう。それでも手ごわい体格差だが、彼女はか弱き少女を守るため覚悟を決める。
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●作者コメント
……はい、もうこれ以上とぼけるような真似は致しません。
実はこの作品、私が別で連載している長編作品「黄金の魔女フィーア」とシェアワールドの作品なのです。
今回幼少時代のフィーアが出てきました。この頃は本編のフィーア以上に精神的に未熟な少女だったらしく、修業が嫌になって投げ出すような子だったそうです。
本編のフィーアが気になる方はぜひ、黄金の魔女を読もう!!(それが狙いかよ)
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