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チェストー‼ 追放された貴族剣士は、辺境で最強国家を作ります

第29話 晩餐会
 王宮の大広間では、贅を凝らした晩餐会が開かれていた。
 
 ホールでは、色とりどりのドレスに身を包んだ貴族の令嬢や、彼女たちを優雅にエスコートする軍の高官たちが行き交っている。

「ハヤト様、試合でお相手していただき、ありがとうございました」

 近衛騎士団の制服に身を包んだ女騎士は上気した顔で、俺をみつめた。
 真っ赤な髪と同じくらい顔を赤らめているが、女性としてというより、あくまで一人の剣士として遇するべきだろう。

「こちらこそリンダ卿と剣を交えることができて光栄です」
「えっ、私の名前を憶えていただき、こっこ、光栄です!」
「いつか共に戦える日が来るかもしれません。そのときはよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」

 リンダはそう言って、俺が差し出す手を両手で握り返してくれた。

 剣を振うたびに流れ込んでくる未来の記憶。
 武道会の試合中、俺のなかに繰り返し流れ込んできたのは、ハウスホールドの騎士団と共に戦う俺の姿だったのだ。

 この後、リンダから紹介されて騎士団の面々にも挨拶を済ませた。ただシークがいなかったことが残念である。
 パンデレッタにも是非会いたかったのだが、虎人族の里に帰ったという。私用で特別試合を棄権するのは、観客が納得しないだろうということで、負傷ということにしたらしい。


「ハヤト様、こっちっす~。早く来ないとステーキが無くなるっすよ~!」
「…………」

 そんな大きな声で俺を呼ぶんじゃない。恥ずかしい奴め、連れてくるんじゃなかった。

 俺の後悔も知らずふもふ尻尾を揺らすモルト。
 ほっぺたを膨らませて、モキュモキュいわせながらよくしゃべれるものだ。こいつは、ひょっとして狐じゃなくリスの獣人だったのか? 

「旨いっす~♪」
「お前なあ。恥ずかしいから少しは遠慮しろ。食いだめでもしてるのか」
「そんな冗談言ってる場合じゃないっすよ。デザートも残り少なくなってるっす~」

 クリスは、モルトから少し距離を置き、憮然とした表情で腕組みをしている。

「お兄様、先ほどの女性とかなり親しげにお話しておられましたが」
「いや、互いに剣士としてあいさつしただけだぞ。女性に対しての礼なんて取ってなかっただろうが」
「それはそうですが……。私がいない間、何があったか心配です。やはりお兄様の傍には私がつくべきかと思います」

 そう言って俺の服の袖をきゅっと掴むセリス。
 これほどの美少女にもかかわらず、話しかけてくる者がいないのは、厳しい表情で殺気を振りまいているせいだろう。

「セリスのこと皆に紹介したいんだけど」
「いいえ結構です。どうせ私なんて嫌われるだけですので。それよりお兄様をお守りすることの方が大切です」
「セリス……」

 トーゴ家は、代々王都で亜人たちを管理する仕事に携わってきた。そのせいもあってか、俺は子供のころからエルフや獣人の女の子に付きまとわれることが多かった。

 特に春先は、獣人の女の子から腕を組まれたり抱きつかれたりすることが多かったが、そんなときは、なぜかいつもセリスがやってきて「お兄様は私がお守りします!」と俺を助け出してくれた。自分より大きな女の子に対しても一歩も引かず、力ずくで俺のことを守ろうとしてくれたから、これまでずいぶん恨まれてきたと思う。

 どうやらその時の感覚が大人になった今も抜けきっていないのかもしれない。
 しかし、このままでは、俺にとってもセリスにとっても良くないと思う。

「まあ、ハヤト様がご結婚されるのが一番っすよね~」
「なんだよ、急に」
「ハヤト様が何をお考えなのかくらいわかるっす……って、ハヤト様!」
「何だ?」
「ま、前を向いて欲しいっす~」

 俺の目の前で、王姫イザベルが優雅に一礼していたのだった。


◇◇◇


“ドン”

 慌てて頭を下げた俺だったのだが、このとき背中を何者かに押されてしまった。

 おっとっとっと……。

「きゃっ」

 イザベルにぶつかりそうになった俺は、とっさに両手を広げて、王姫を抱くような格好になった。そして弁解する間もなく曲が始まり、俺たちは、そのまま踊ることになってしまったのだった。

 ぎこちない俺に合わせて、リードしてくれるかのように体を預けてくれるイザベル。何だか俺のことを助けてくれているみたいだ。

 さっきから、ほのかにいい匂いがするし、俺の腕の中のイザベルはどこまでも柔らかい。白い首筋が、薄く染まっている。

「…ハ…ヤト…様…。お…おした…い…して、おりました」

 お…したし?

 俺の胸の中で、何事かつぶやくイザベル。

 よく聞き取れなかった俺は、聞き直そうと思ったのだが、いつの間にか曲が終わっていた。

 しばらくして、室内には、がやがやとざわめきが戻っていた。
 どうやら、最後のカップル同士は、そのまま腕を組んで隣室にある部屋でお茶をするのが習わしらしい。


「ハヤト様」

 うっとりとした顔で、俺の手を取るイザベル。

「あの……武道大会、拝見いたしました」
「それは、ありがとうございます。光栄の極みです」
「あのとき……ハヤト様は私にウインクしてくださいましたわ」

 そう言うと、イザベルは、改めて俺を見上げて頬を染めた。

 ……え?

「あのときから、私たちは、両想いでしたものね」

 両手で頬を覆い、恥じらうように、身をくねらせるイザベル。

 ……は?

「では、行きましょう」

 そう言って、すっと腕を組んでくるイザベル。

「式はお父様とお母様に任せるとして、新居はどういたしましょう」

 俺は、彼女が言っている意味を理解するのに数秒費やしたと思う。ただし、体感時間では数分かかってしまったが……。

 要するにこういうことだろう。
 俺は、シークとの特別試合の後、大声援に気付いて観客席の方を振り返った。太陽の光がやたら眩しくて瞬きを何度かしたのだが……。
 どうやらイザベルは、そんな俺の仕草を、自分に向けての求愛だと思い込んでいるようだ。

 あのときから、すでにイザベルの中では二人は両想い。それどころか、結婚する前提で妄想が進んでいるようである。

「やっぱり、最初は女の子の方が、育てやすいと思いますの」

 恥ずかしそうに、とんでもないことを言っている。

 ……な、なんという謎理論! それ、勘違いですからね!

「さあ、ハヤト様。そろそろ私たちも行きましょう」

 イザベルに腕を組まれ、冷や汗を滲ませた俺が振り返るとそこには笑顔のモルトの姿。
 何やら、さっきから、しきりともふもふ尻尾を振って、両の拳を握っている。
 俺の事を「頑張れ!」と、後押ししてくれているようなのだが、人の背中を不意に押して欲しくはなかったぞ。
 その横でセリスは呆然としてこちらを見やっている。モルトの奴、なんてことをしてくれたんだ!

「ハヤト様、さあ、行きましょう」
「…………」


 そのとき―――


「リューク王さま、ただ今、キール様より急使が到着しました。ハヤト様に今すぐお目通りしたいとのことです」

 近衛兵の注進が終わらぬうちに、大広間に、ひとりの山エルフが俺の前に転がるように飛び込んできた。

「ハヤト様、お久しぶりです」

 ピニャは俺の前に進み出ると跪き、硬い表情で俺を見上げたのだった。
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