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チェストー‼ 追放された貴族剣士は、辺境で最強国家を作ります

第28話 咳払い
「湿布しますね~」
「ひゃっ!」
「まあっ。ハヤト様ったら可愛らしいお声」
「あーっ、ずるい。私もお世話したかったのに。そろそろ交代してよ」

 俺は、医務室にて手当てをしてもらっている最中である。
 負傷した出場者は手当てを受けることになっているのだが、俺は軽い打ち身と擦り傷程度。目も瞬きしていると元に戻ったので手当を受ける必要なんてないのだが。
 それにしても軽症の俺に十人以上の看護師は多すぎやしないだろうか?

「コホン、コホン」

 さっきからカールは渋い顔でわざとらしい咳ばらいを繰り返しているが、別に悪くないと思う。何を気にしているんだろう。とにかく今日の晩餐会に出席することを伝えると、カールは再び「コホン」とわざとらしい咳ばらいをしつつ退室していった。

「しかし、こんなのケガの内に入らないのに、手当の必要なんてないだろう」
「いいえ。ハヤト様に何かあったら大変です」
「いくら何でも大げさだと思うぞ。医者も「何も問題ありません」なんて言ってたじゃないか」
「そんな~。せっかくお越しいただいたのに、何せずにお帰りなんて寂しいです」

「それより、シーク様との試合のこと私たちにも教えてください」
「私も聞きたい」
「看護師みんなで応援してたんですよ」
「ねえ、いいでしょハヤト様」

「あれはね、一言でいえば俺の完敗だよ。初太刀……ってわからないか。とにかく、俺は一番最初の攻撃をかわされた後、懐に入り込まれて逆に攻撃されたんだ。吹っ飛ばされてあのザマだよ」

「でも、ハヤト様は、かっこよかったです」
「私もファンになっちゃいました」
「ハヤト様は奥さんとかおられるのですか」
「ちょっとみんな、何言ってんの! ハヤト様の担当は私なんですけど」
「じゃあ、今晩の担当は誰なのか、ハヤト様に決めてもらいましょうよ!」
「私なら空いてます」
「あ~っ、ずるい! 私だっていまだ誰のものでもありません」

 俺はいつの間にか、ハイエルフとケモ耳のお姉さん……いや、看護師さんたちに色々押し付けられて身動きが取れない状態になってしまっている。セリスがいなくて助かった。俺がホッと胸をなでおろしていたとき。

“ガラガラガラ……”

「おっ、カールか早かったじゃないか」

「ハヤト様こそ、なに女の子に囲まれて嬉しそうにしてんすか!」
「なんだモルトか。……って、お前こそ一体、どうしたんだ?」
「それが王国の視察団が、ハヤト様にお目通りしたいって言ってるんで迎えに来たんす」

 モルトは、途中、俺が剣聖に敗れて医務室に行ったと聞き、慌てて駆けつけてくれたそうだ。

「あ~ん、ハヤト様」
「こっちをお向きになってくださいまし~」
「もう、いい加減に交代してよ! ……えい!」
「あっ、ずるい!」

「ハヤト様、これどう考えても手当じゃないっすよね」
「いや、俺は看護師の皆さんの指示に従っているだけだぞ」
「何言ってんすか。自分にはどうみても、ハーレムを楽しんでいるとしか見えないっす」
「俺はそんなつもりないんだけどな……今日はこの後、晩餐会があるから明日にでも帰ることにするよ」
「それがいいっす」
「なんだ、やけにノリが悪いな。いや~ほんとセリスがいなくて助かったよ。こんなの見られた日にゃ、ただじゃ済まないからな」

「え? ハヤト様、何言ってんすか?」
「だってセリスは今頃、ブラックベリーいるんだろう? ……わっ」

 ただでさえ両脇を柔らかいものに包まれているのにもかかわらず、さらに正面からも柔らかいものに包まれてしまったようだ。

「いるっすよ」
「え?」
「ばっちり見られてるっすけど」
「は?」

 看護師さんたちの陰で見えなかったが、セリスは俺の視角から、拳を握りしめ、無言で体を震わせ続けていたのだった。

「お兄様‼ お怪我はないか、ご無事だろうかと、心配してかけつけてみれば……何なのですかこれは‼」


 この後、俺は、本当の意味で手当てされることになってしまった。


「こ、コホン」

 そして、いつの間にか戻って来たカールが、医務室の床に正座させられている俺を見て、またわざとらしく咳払いをしたのだった。


◇◇◇


「どうも、北の動きが怪しいの」

 玉座で難しい顔で腕組みをするキール。こぼれそうな胸を気にも留めず、口を噛みしめている。
 インスぺリアルは、王国以北への『ドラゴンミート』並びに『ドラゴンソルト』の独占販売権に加え、多くの職人たちがブラックベリーにて雇用されている。

 アウルの経済活動が盛んになるにつれ、船乗りたちも忙しくなってきた。インスぺリアル領は以前の活気を取り戻しつつあるのだが……。


「キール様、これを」
「うむ……」

 ここ最近、暗部からもたらされる情報はきな臭い物ばかり。最近インスぺリアル領を通り、大陸南部へ向かう者が増えている。しかもその多くが人族の男性。これまで圧倒的に多かったエルフや獣人の数を大きく上回っている。

「よもや、手遅れにならねばよいが……」

 王国以北の地が全て帝国によって制圧されたこと。そして、帝国との婚姻政策。考えられるのは帝国の南下である。おそらく王国内では、内密に帝国と手を結んでいることも考えられる。

「キール様、王国より火急の知らせとのことです」
「ふん……」

「帝国からも書状が届いております」
「……」

 大陸全土に対して中立を保つインスぺリアルも、このままでは立ち行かないかもしれない。
 ここは、腹立たしいが、ハウスホールドとの同盟も考えねばならぬか……。

「急ぎ、ハヤト殿に使者を送れ!」

「王国からの使者はいかがいたしましょう」
「待たせておけばよい! それよりハヤト殿じゃ! すぐにご相談したいことがあるとな! ……ええい、何をしておる! 早く行かんか!」
「はっ」

「それから、ハウスホールドに書状じゃ!」

 キールに急き立てられた使者が、ハヤトの元に急いでいたのだった。
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