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チェストー‼ 追放された貴族剣士は、辺境で最強国家を作ります

第25話 決勝戦
「これより、決勝戦を行います!」

「きゃ~! ハヤト様~!」
「うおぉぉぉ〜……」
「ドドドドドドドドド!」

 俺は大歓声の中、会場に足を踏み入れると、重低音のスタンピードがたちまち会場を包み込んだ。


(あれ?)


 相手は思いのほか小柄な剣士。虎人族のようなのだが、どこかで見たことがあるような、無いような……。
 そんな訝いぶかしし気な俺の視線に気付いたのか、相手の方から話しかけてきた。

「おやおや、これはこれは。お久しぶり~」

 そう言って両腕に仕込んだ金属片を“シャ―ン”と鳴らす。

「あれ、まさか覚えてないの? 市場で見かけたじゃん」

 そんな風に話かけられても……って、ああっ、まさか! 

 ひょっとして、あのときの踊り子の中にいたのか? でもみんな女の子だったはず。目の前にいる両手にダガーで武装した虎人族の戦士は、どうみても男の娘、じゃなく男の子。

 顔だちこそ、少女のように綺麗で、縞々の小さな虎耳も可愛らしいのだが、胸は平たいし、声も男性である。

「やっと、思い出してくれた?」

「……」
「何か失礼しちゃうな! 僕のこと女だって思っていたでしょ!」」

 そう言ってこの虎人族の男の子? は、可愛くほっぺの片側を膨らませた。
 俺は口に出した訳じゃないのに、なぜわかるのだろう。

「しかも、あの時は、僕のこと女だと思っていやらしい目で見てたよね! でも女装は旅の資金を稼ぐために嫌々してたことなんだからね」

 俺は全く聞いていないのに、饒舌な奴。ホントどうでもいいことをべらべらと……。それから、俺は変な目で見たつもりはないぞ。

「僕は君みたいに恵まれてはいないよ。辺境の出だからさ。でもね、奥さんが可愛いんだ~♪」

 俺だって好きで辺境伯なんかやってるわけじゃねえ。しかも、何でのろけ話を聞かにゃならんのだ。

「でね、でね~! ちょっと聞いてくれないかな……」
「黙れ! このリア充野郎!」
「失礼な! 僕にはパンデレッタっていうちゃんとした名前があるんだからね! 全く、失礼しちゃうな~!」

 そう言って、小さく片頬を膨らませる。その姿はまさしく男の娘。
 もう、こいつのことはツンデレならぬ「パンデレ」って呼んでやることにしよう。

「あっ、今失礼なこと、考えたでしょ!」
「……?」



「こ、コホン……。そ、それでは、改めまして決勝戦を開始します」

 いい加減、しびれを切らした立会人が半ばあきれ顔で、試合の開始を告げたのだった。


◇◇◇


 さて、いよいよ試してみるか……。

 俺は、ポケットからバンダナを出すと丁寧に両目を覆った。
 相手が誰であろうと、この決勝では、自らに負荷をかけるため、何よりこの後のシークとの一戦に向けての総仕上げとして、視覚を封じて臨むと決めていた。

「な、何してるの!」

 慌てたパンデレの声が聞こえてきたが、俺はもうこいつの言う事には耳を貸すつもりはない。


「おい、あれを見ろよ!」
「いくら辺境伯様が強いったって……」

 ざわつく観客席。まさか決勝の舞台で、自ら目隠しして戦う者など聞いたこともないだろう。

「僕のこと、バカにしちゃって!」

 視覚に頼らず、気配で相手を捉えるつもりで臨んだこの試合。それがまさかこれほどまでの苦戦を強いられようとは思いもしなかったのである。


 ――――。


 “シャンシャンシャン……”

 視覚を自ら封じた俺の耳に、響き渡る金属音。どうやらパンデレッタは薄い金属片を重ねた軽甲冑を着ているようで、動く度いちいち音がする。

 “シャンシャンシャン”

 まただ。
 俺が半歩にじり寄ると、それに呼応するかの如く金属音が鳴る。どうも気が散ってなかなか集中できない。

 人は、五感のうちどれかを封じると、まるでそれを補うかの如く、それ以外の感覚が自然と研ぎ澄まされる。そして視覚を封じた俺は、明らかに音を拾いすぎている。

「く……」

 そうこうするうちに、まるで踊りのようなステップのパンデレッタは、俺に近づくとダガーを振う。

 そして俺がかわしたと思えば、すっと身を引いて距離を取り、またステップを踏む……。

 何ともやり難い相手である。俺がこれまで戦ってきた中でも指折りの難敵であることに間違いない。

「すう~……。ふうう~……」

 内心の焦りを、呼吸を整えることで落ち着ける。


 ――――ん?


 そのとき、今まで俺の周りを弧を描くようにステップを踏んでいた奴の気配が、一瞬消えた気がした。



「――――ッツ!」

 首筋に剣圧を感じた俺が身をひねる。指一本分くらいの軌道を奴のダガーが通り過ぎたような気がした。

 さっきは、一瞬気配を見失ったが、何とか躱わせた。時折、音を消して攻撃する事もあるため、一瞬も気が抜けない。

 “シャンシャンシャン!”

 俺の集中を惑わす音を立てながら、前後左右に軽くステップを踏む。

 その動きは、まるで舞を踊っているよう。

 今さらながら、女装して広場で踊るこいつを見たとき、可愛いと思ってしまった自分が腹立たしい。

 ――――。

「くっ!」


 全身から冷たい汗がにじむ。攻めあぐねる俺を嘲笑するかのように、舞の様なステップを踏み続けるパンデレッタ。

 “シュッ、シュッ!”

 あくまで距離を取りつつ、たまに踏み込んでは鋭い攻撃を繰り出してくる。その剣圧に俺は体を少しよじり、指一本分くらいの所でかわす。

 すると相手はそれ以上踏み込んで来ず、距離を取っては舞を続ける。

 こんな攻撃がこれからも続くのかと思っていた矢先、パンデレッタは急に足を止めた。

「……」

「いい加減、バンダナを取ってくれないかなあ。ほんと失礼しちゃうよ」

「……」

「だってこんなにハンデを付けられちゃ、僕が勝っても自慢できないよ。しかも、もし敗けでもしたら、騎士団への登用なんてしてもらえないだろうし!」

 思わぬ一言に、何だか相手に悪い気がしてきた。

「そうそう、そうでなきゃ。僕は騎士団に入った後は、ハウスホールドに引っ越して奥さんとラブラブに暮らすんだ!」

 え? まただ。こいつは俺が口に出してないことが、わかるのか

 俺は警戒しながら、バンダナに手を伸ばしたのだった。
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