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チェストー‼ 追放された貴族剣士は、辺境で最強国家を作ります

第24話 イザベル
「ハヤト様……」

 ハウスホールド王宮の最奥の部屋。窓から美しく整えられた庭に目をやり、イザベルは、小さくため息をついていた。今日もいつもの言葉を小さくつぶやくのだった。

「ハヤト様……」

 リューク王の一人娘であり、大陸一とも言われる美貌。周りの取り巻きは、いつ、いかなるときでもほめそやすしてきた。ところがイザベルは最近、この世の全てが上の空。想いと時間を持て余して、今も部屋でひとり、金色の毛先を指でもて遊んでいる。

「ハヤト様……」

 後ろに控えた二人のメイドが、互いに目を見合わせて小さな笑顔を作ったことさえも気付いていない。

「次のドレスの用意が整いました」

 イザベルは、メイドたちに声をかけられ、はっと正気に戻った。そういえば、今は衣装合わせの真っ最中。ドレスの候補は何点か絞れたものの、今度は、それらに合わせるアクセサリーに迷ってしまう。

「ハヤト様……」

 あの日、コロシアムの大会を見に行ってからというもの、イザベルは毎日うわごとを言うようになってしまったのだ。 


◇◇◇


 熱気に包まれたコロシアム。満員に膨れ上がった観客席を見下ろし、イザベルは特別にしつらえてもらった観覧席で優雅にくつろいでいた。

(あの人たちは、あんな狭い席にぎゅうぎゅう詰めで嫌じゃないのでしょうか。特に今日は、殿方目当ての若い女性の比率が高い。キャーキャーうるさいこと。まあ、あなたたちがいくら騒ごうが、お目当ての殿方と結婚できるわけないでしょうけど)

 そうこうするうち、コロシアムの試合場では大会に参加する選手が出てきた。思い思いに体をほぐしたり、観客席に向かって手を振ったりしている。

 そんな中、何故かイザベルは、一人の剣士が気になった。

 紫髪の剣士は、何事もないように自然に振る舞っている。大一番を前にして大丈夫なのだろうか。
 他の出場者が緊張感を漂わせているのとは対照的に、不自然なまでに自然体。
 エルフや獣人の女の子たちから、かなり人気なようだ。

「クスッ。お似合いですわ」

 イザベルは、お気に入りの扇子で口元を隠して、小さく笑ったのだった。


◇◇◇


 しばらくすると、会場がざわつきだした。そろそろ、試合が始まるようだ。程なくして二人の選手が控室からゆっくりと出てきた。
 一人は、最近人気の女性騎士。近衛騎士団に入るのだとかどうとか。もう一人の選手は、さっきから少し気になっていた紫髪の剣士だ。

「おい、何だあれ?」
「さあ……」
「あれは、武器なのか?」
「まさか……あれで、試合をするつもりじゃないだろうな……」

 観覧席からの注目を受けながら、彼が素振りを始めると、会場から失笑が漏れた。何しろ彼が無心に振っているのは、野太い木の棒だった。

 彼はコロシアムに詰めかけた観客など、いないかのように平然と素振りを繰り返している。。

 そして試合が始まるやいなや、信じられない光景を目にすることになった。

「はじめ!」

 立会人の掛け声のもと剣を構え、にらみ合う両者。かと思いきや……。

 剣を構える女騎士に向かって、紫髪の剣士はまるで散歩にでも出かけるかのようにゆったりと歩き出したのだ。

 そしてふと、黒髪の剣士の姿が速く動いたかと思うと……。

「チェスト―!」

 鋭い掛け声が響き渡ったと同時に相手の女騎士は場外まで吹っ飛ばされていた。

 場内の観客はみな、何が起こったのかしばらく理解することができなかった。

「きゃ~っ!」
「ハヤト様~!」
「あれは、いくら何でも……」
「きたね~ぞ!」
「何よ! ハヤト様に物言いをつける気なの~!」

 一拍置いて後、悲喜こもごもの歓声や怒声が飛び交う観客席。さっきの試合で何が起こったのかようやく皆が理解しだしたのだ。

「勝者、ハヤト=トーゴ!」

 歓声と怒号が交錯する中、黒髪の剣士の手が高々と挙げられた。

 観客席では横断幕を手に応援しているエルフや獣人の女の子たちは抱き合って大喜びしているが、試合場の紫髪の剣士は、何事もなかったかのように平然としている。
 立会人と相手の女騎士に深々とお辞儀をすると、素っ気なく退出してしまった。

 そしてイザベルは、いつしかこの剣士を目で追うようになっていたのだった。
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