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チェストー‼ 追放された貴族剣士は、辺境で最強国家を作ります
第20話 貿易交渉
「全くなんなんすか、あれは! あんなの、聞いてないっす!」
一回目の交渉が終わり、控室に戻ってくるなりまくし立てるモルト。もふもふ尻尾を逆立てておかんむりである。
この初交渉で俺たちは完全に押され気味。しかも、カールはハウスホールド側の代表として容赦なく厳しい要求をつきつけてきたのだった。
「ほんと、カールの態度にはカチンとくるっす」
ハウスホールド側の全権を任されたカールは、俺たちには愛想笑いひとつ浮かべることなく、事務的にして淡々と会議を取り仕切った。そしてハウスホールドの出した条件は予想以上に厳しいものだったのだ。『ドラゴンソルト』の価格の大幅引き下げと、こちらからの輸出額と同額を輸入するように要求されてきたのだ。
「これは、我がハウスホールドがアウル領と取引をするための絶対条件です」
そう言い放つと無表情にして取り付く島もない様相のカール。白手袋をした両手を軽く組みながら後は無言。特に俺には目すら合わせようとしない。お互いの主張は平行線をたどり、いったん休憩を挟むことになったのだった。
「ハヤト様、どうするおつもりっすか?」
「俺たちの目的は大陸南部への『ドラゴンソルト』の流通なんだから。小さな取引からでもいいんじゃないか?」
「まったくもう。ハヤト様は分かってないっすね~。ここはウチの勝負所っすよ!」
「いいっすか? アウル領は王国から自由にしてもいいというお墨付きをもらっているっす」
「まあ、ウチの領内なんて砂漠ばかりだしな。王都からだと何かと不便だし」
「今や大森林の『ドラゴンミート』とカルア海の『ドラゴンソルト』は、大陸一の品質っす」
「そうかもな」
「しかも、カルア海を掌握しているインスぺリアルとも友好関係を築いてるっす」
モルトはそう言うと顔を俺に近づけた。
「これだけ、駒が揃ってるんす。後は資金さえあれば、アウル領の独立も十分可能っす」
「おい、めったなことを言うんじゃない!」
この後、休憩を挟んだ二回目の交渉も状況は変わらず、俺たちはハウスホールドの要求をを呑む形で、貿易の大まかな枠組みが決まった。
「ハヤト様、これで本当に良かったんすか?」
「これも私の力不足。申し訳ありません」
もふもふ尻尾をぶんぶん振って怒るモルトはともかく、細い尻尾をしゅんと垂らすドランブイが気の毒になって俺は訳を話してやることにした。
「実はな。謁見する前にカールと話していたんだよ……」
◇◇◇
「ハヤト様、私は今回の交渉がまとまり次第、ハウスホールドを辞することが決まっているのです」
「何だって!」
カールは名家の出で王の信任も厚く、このまま行けば黙っていても出世は約束されているだろうに。
「実は、姫様との婚約を迫られておりまして」
何と王命にて婚約を迫られているという。本来なら喜ばしいことだが、カールには心に決めた人がいるらしい。
「まさか、その相手って」
「はい。ドワーフ族です」
ハウスホールドでは、エルフ族とドワーフ族との結婚が禁止されている。多種族との融和政策をとっているハウスホールドだが、長年対立してきたドワーフ族だけは別らしい。
「すでに家督は弟に継いでもらうことを認めてもらっています。もうじき私は貴族を離れ、ひとりの平民として身軽に動けるようになるでしょう。自分の後釜には優秀な部下が育っておりますし、このことは婚約の噂が立ってから、三年間も願い出続けてようやく許されたことなのです」
「その後のことは考えているのか」
「私は他国へ移りたいと考えています。できれば歴史ある大国よりも、新興国の方が王の心象もいいでしょう。その意味でもアウル領はまさに私にとって理想的な所なのです。ハヤト様、いつか私を受け入れてはいただけないでしょうか」
「こちらこそ大歓迎だ。すぐにでもウチに来て欲しい」
「ありがとうございます。それで交渉のことなのですが……」
ハウスホールド側は、アウルとの貿易で金貨が流出するのを避けたいという。
「ハウスホールドが輸入するのと同額を輸出したいという条件は譲れません。アウル領は我が国との貿易で潤うことは難しいかと」
「ならば、アウル領がハウスホールドから輸入する品の種類には制限を付けないで欲しい。加えて希望者にはアウル領への移民も認めて欲しい。何しろウチはいくらでも働き口があるんだからな」
「それらは全て付帯条件として呑めるかと」
「すまんな。カールは交渉中ハウスホールド側として気兼ねなく振る舞って欲しい。俺たちに気を遣ったら、裏切り者みたいで後ろめたいだろう」
「なんとお優しいお言葉! ハヤト様ありがとうございます!」
◇◇◇
「カールは俺の言葉通り、徹底的にハウスホールド側として交渉に臨んだんだ。まさか、あそこまで徹底してくるとは思わなかったけどな」
「そんな大事なこと、何で教えてくれなかったんすか!」
「交渉で表情や態度に出すのはまずいだろ」
「でも自分らに黙って進めるなんてひどいっす!」
「おい、俺の知らないところで勝手なことばかりしてきたお前に言われたくないぞ」
「それとこれとは話が違うっす~!」
「しかし付帯条件を認めてもらったのは、むしろ良い取引だったと思います。モルト様の残念そうな姿に、向こうは気をよくしていることでしょう」
「そうだぞ。モルトのおかげで、カールは心置きなくウチに来れるんだからな」
「そ、そおっすか? いや~そう言われれば、確かにそおっすね~♪」
モルトは、そう言うと、嬉しそうにもふもふ尻尾を大きく揺らしたのだった。
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