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チェストー‼ 追放された貴族剣士は、辺境で最強国家を作ります
第2話 山賊と山エルフ
王都を出発して約一か月。
馬車で街道を南下した後、アウル砂漠に沿って東へ。
山岳地帯を歩いて登り、俺たちはようやく最初の目的地であるインスぺリアル領に近づいてきた。
うっそうと木々が生い茂る森を抜ければ、すぐそこである。
「ハヤト様、もう歩けないっす~」
「……セリス気付いたか」
「はい。お兄様」
さっきから足が痛いだの腹が減ったのだのとぼやいているモルトはともかく、俺たちは何者かに囲まれていた。その数、ざっと十人以上は確実にいるはずだ。
「止まりやがれ‼」
正面の茂みから頭らしい男が現れたかと思うと、前後左右から分厚い刃のついた大鉈を手にした男たちが一斉に現れた。
いきなり攻撃してこないところをみると、どうやら物取りが目的らしい。
「お兄様は、私がお守りします」
「いや、俺こそセリスを守るから」
「お、お兄様ったら……」
「お強いお二人はいいっすから、自分を守って欲しいっす~!」
「ええい、やかましいわ! 命だけは助けてやる。おとなしく女と金を置いていけ!」
頭目らしき男がしびれを切らしたように叫ぶと、手下たちもそれに続いて声をあげた。
「なかなか上玉じゃねえか。売りとなす前に楽しませてもらおうぜ」
「おい、くれぐれも傷を付けるんじゃねえぞ。売値が下がっちまうんだからな」
「まあ、体は貧相なガキだが、顔だけはいいから、そこそこの値はつくか」
「おい見ろよ、あの嬢ちゃん震えてやがるぜ」
「ひ、貧相……ガキ……そこそこ……」
セリスは俺の後ろで別の意味で体を震わせながら、盗賊たちの言葉を反芻していた。
「とにかく、セリスはモルトを守ってくれ」
俺は、なおも、ぶつぶつ独り言をつぶやくセリスを守るように前に出ると、木刀を上段に構えた。
この程度の賊相手に真剣を抜くまでもない。
「チェストー‼」
……数十分後。
俺は盗賊たちを全員捕えて武装解除し、それぞれ木の幹に一人ずつ縛り付けた。
「ほんと口ほどにもない連中っすよね~」
そう言いながら得意げにもふもふ尻尾を揺らすモルト。戦闘中あれだけ怖がってたくせに、こいつは一体何言ってんだ。
「お兄様」
あきれ顔の俺の袖をセリスが引っ張ってきた。ようやくショックから立ち直ったらしい。
「こいつです。私の体を『貧相』とか『ガキ』とか『そこそこの値』とか言ったやつは‼」
セリスはそう言うと、一人の山賊の顎下に手を差し入れた。
「よくもお兄様の目の前で、この私を恥ずかしめてくれましたね。……万死に値します」
「ぐほっ!」
「こんなのを野放しにしておくのは、世の中のためになりません。さっさと成敗いたしましょう」
顎を砕かれた山賊を無表情で見下ろし、すらりとレイピアを抜くセリス。
「ちょっと待った~!」
俺は別に博愛主義者ではないが、殺すのはさすがにやりすぎだ。
新しい領地に行く矢先、辺境伯の妹が山賊を殺したなんてことになると、外聞が悪すぎる。
しかも、俺たちの行動は今も見張られている。
「いい加減、出てきたらどうだ」
「え? お兄様?」
「ハヤト様、まだ盗賊がいるんすか?」
すると、さっき山賊たちが出てきた茂みと同じ場所から完全武装した集団が姿を現した。
褐色の肌に長い耳。どうやらインスぺリアルの山エルフたちのようだ。
「ハヤト様ご一行とお見受けいたします。私はピニャと申します。キール様から悟られぬようそっと見守るよう、言いつかっておりました。どうかご無礼、お許しください」
「それにしちゃ、助けに来てくれても良かったんじゃないんすか?」
モルトのいささか失礼な言い草にもピニャは、微笑を浮かべた。
「ハヤト様たちが危ないときは、助けるようにと申し付かっておりました。拝見するに、全く危うい状況ではなかったと思いましたので。この先は我らがご案内いたしましょう」
「ま、まああれしきの賊なんて物の数じゃないっすけど。案内ご苦労っす」
「はい、モルト様」
恭しく頭を下げるピニャにモルトは得意顔でもふもふ尻尾を揺らしている。
しかし、なんでお前がドヤ顔してるんだ?!
◇◇◇
ピニャたちに案内されて山道を進むこと半日。ようやく女王キールの城館が見えてきた。
「いやあ~壮観っすね~♪」
手前を流れる大河を天然の堀として、立派な港湾設備も整えられ、大小さまざま船が行き交っている。
インスぺリアル領のエルフたちは、この城館を中心基地として、大陸南部の海運を一手に担っているのだ。
「お兄様、お気をつけて」
セリスは、上機嫌でもふもふ尻尾を揺らすモルトを横目に、いつになく真剣な顔で俺の上着の袖をぎゅっとつかんだのだった。
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