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リコール

リコール

 それは、とても遠くて近いお話。

 炎天下、若い男は重い道具箱を片手に、ワイシャツの襟元も開けず、平然と歩いていた。その少し後ろを、もう少し年のいった男が、清涼飲料水片手に、ついて行っている。
「次で、9999件目ですね、先輩」
「オレ的には、もう数なんてどうでもいいよ・・・」
 早くこの果てしない作業が終わってほしい。ただそれだけを、年のいった方の男は願っていた。二人は、役所から派遣された、ロボット修理員だ。ここ数カ月、彼らは延々とこの作業を続けている。
 よりにもよって、政府支給の『子守ロボット』がリコール対象となったのだ。ロボットたちは、全て政府のコントロールタワーからの安全停止信号に従い、『子どもやその他の人間の安全を確かめた』のち、勝手に停止した。つまり、停止したロボットが、対象というわけだ。あとは回収するだけだった。
 が、しかし、事はそう簡単にはすまなかった。
「ロビンを修理に来てくれたの??」
 9999回目の、質問だ。
「いや、“子守ロボット”は、回収致します」
「ダメーっっっっっっっ!!!!!!」
 そして、9999回目の拒否。
 そう、子どもたちは皆一様に、“子守ロボット”を手放さなかったのだ。幼稚園児から、“子守ロボット”卒業間近の小学校六年生まで・・・・・・・。
「あのー・・・・・・壊れると、どうなるんでしょうか?」
 親からの、9999回目の質問。
「はい、対象となるロボットは、『食事を摂る』、『口ごたえをする』、『関心を示さなかった食べ物への執着』等の不具合が生じます」
「危害を加えたりとかは・・・」
 9999回目の首降り。
「うちは、ロビンを養うほど、お金持ちじゃないのよ」
 母親が難色を示す。しめた。
「大食漢になる可能性もなくはないかと」
「ほら」
 しかし、男の子はロビンという名の男性型ロボットの冷たい頬に、その蒸気した頬を寄せるのを辞めない。
「勉強ももっとする! お小遣いもいらない! ご飯も少しにする!」
 ロビンは、目を開けない。
「お願い!! ロビンを助けて!!」
「しかし、不具合のあるものを放置はできません」
「いいよ、できるだけ、修理しよう」
 9999回目の、妥協。年のいった男は、若い男に、道具箱を開けるよう、指示を出した。
「仕方ないわねぇ。ご飯はちゃんと食べてちょうだい。ロビン一人くらい、食べさせましょう」
 胸のハッチを開けて、再起動のスイッチをセッティングする。この作業を彼らは9999回繰り返してきたのだ。
 ウィンと独特な起動音がして、ゆっくりとロビンという名のロボットが『目覚める』。
「健ちゃん、宿題終わった?」
「ロビン!!!!」
 健ちゃんと呼ばれた男の子は、涙を流しながら、ロビンに飛びついた。

 「不可解です」
「なんが」
 車のエアコンを全開にして、年のいった男が、若い男の質問に質問で返す。年のいった男は、車を出発させると、頭をさげる健ちゃんをバックミラー越しに眺めた。
「どうして、いわば不良品を置いておきたがるのでしょう?」
「さあね。次は1000件目。金持ちの家だ。金持ちなら、新しいものに飛びつくだろ」
 年のいった男は、そう言うと、ゆっくりとカーブをきった。そう遠くない、ご近所の家だ。

 「リコールしたら、どうなるの?」
 ガムをくちゃくちゃ噛みながら、扉の向こうからもうニキビが目立ち始めた少年が、質問をしてきた。
「はい、新しい製品を車に積んでありますので、交換となります。利用者様は、小学六年生でいらっしゃいますので、もう半年ほどの事ですが、きちんと新しい製品を」
「そうじゃなくって、記憶媒体の事、言ってんの」
 金持ちの家の少年は、そんな事もわからないのかといった風情で、尚もガムを噛み続けた。
「あー・・・・・・メモリーの事ですね。恐らく、全部消去されるかと」
「ふーん」
 少年は、ちらっと応接室の奥のソファに横たわる、女性型ロボットに目をやった。この家には、少年と子守ロボット以外、誰もいないようである。
「ぶっちゃけさ。もう“子守ロボット”なんて年でもないわけ」
「では、回収させていただきますね」
「……記憶媒体、取り出せるの?」
 少年は、ロボットに目をやったまま、唐突に聞いてきた。
「は?」
「取り出せんのかって聞いてんの」
「ああ、はい。しかし、このボディでしか再生されませんし・・・・・・」
「ふーん・・・・・・でも、未来はわかんないでしょ?」
 少年は、ガムを慣れた仕草でゴミ箱に吹き出すと、若い男に向かって言った。
「僕が、もっと大金持ちになって、コイツを治す、って未来も、在り得るって事でしょ?」
「しかし・・・・・・」
「あ、わかんないか。おにぃさんもロボットだもんね」
 少年は若い男をついと押すと、年のいった男に話しかけた。
「僕自身が、治しちゃうかもよ」
 道具箱を持ち上げると、年のいった男に、ぐいと押し付け、入ってきた扉を顎で指した。年のいった男は何とも言えない顔で笑うと、若い男を半ば引きずるようにして、外にでた。
「1000件ですよ、先輩。1000人のご利用者様の誰もリコールを受け入れなかった」
「そだねー」
「何故です? 合理的じゃない」
 年のいった男は、タバコを取り出すと、火をつけ、深く吸い込んだ。
「オレらはアトムの子どもで、アイツらもドラえもんの子どもなんだからだろうよ」
「はい?」
「しっかし、気づいてないもんだね。そのご利用者様に“しかし”を繰り返したお前さんも、案外リコール対象かもしれんよ」
 年のいった男は、アクセルを踏むと、1001件目の家を目指した。

最新話です



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