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花なんて買って、どうするの?
 仕事帰りに切り花を一輪買い、ワンルームのアパートでひとり、生ける。前の日も、次の日も、またその次の日も。凍るように冷たい水に手をひたして生けながら「ずるいね」と思わず口にする。「あ、ごめんね」花たちに謝る。きれいだというだけで、存在の意義も価値も意味付けられている花たちへ。
 彼と別れた日だった。夜も更け、沈黙は続き、別れは自明だった。彼のため息がスマホのマイクへかかって、ぼふ、と音がする。わたしはそれを遮っていう。
「待ってよ、無条件で愛されたいって、そんなにいけないの? そんなにわたしの頭がおかしいの? わたし、もう、愛されるの、だめになっちゃったの?」
 電話は切れた。わたしはスマホを座卓に叩きつけ(画面に少しひびが入る)、アパートを出る。コンビニでパックの安酒を買い、ストローで飲みながら歩く。小さな花屋の灯りが見える。こんなところに花屋なんて。
 平静を装い(飲みかけの紙パックの清酒は駐車場に置き)店内へ入る。「これ、一個ください」名も知らぬ紫の花を一輪買って帰った。
 花なんて。茎を落としてワンカップに生ける。ちょうどいい長さになるまで何度も試す。多少しおれていたが、きれいだった。
「あんた、あたしの花やき。無条件で愛したるけん。無条件でな。無条件、で――」頬杖をついて、大関で咲き誇る花を愛でながら眠りに落ちる。
 見栄えがいいこと以外なんにもないのに、愛されるよね、花って。わたしも花ならよかった。一週間やそこらで枯れてもいい、少しでも——少なくとも、今よりは愛される人生だろうから。
 次の日、仕事帰りに同じ店に入り、白い小さな花が連なっているものを買う。前日の紫の花が生けられたワンカップへ高さがととのうように挿す。それは思いのほか素晴らしく、わたしはしばし見とれていた。夜の仕事でないものの、それに類する職業なので帰りは遅い。紫のも白いのも、どれも閉店際の花だった。あの花屋に冷蔵ショーケースはなかった。つまり、花の回転が速く、店先の安くなっている生花は特に短命だ。営業が終わると袋に入れられ、朝にはごみに出される。
 きれいやなあ、と花たちに声をかけ、ベッドへもぐりこむ。明日は水色——いや、パステルイエローの花を買っちゃろか。明日、仕事から帰るのが楽しみになってきた。かわいいかわいい、わたしの花——。

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