西暦252
年4
月、
中華の
呉と
呼ばれた
地にて。
この
呉を
治めた
皇帝、
孫権は
病床に
付していた。
彼は
皇帝。
故に
自分より
先立つ
若き
家臣達を
多く
見てきた。
その
中でも
彼は、
自分が
裏切ってしまった
一人の
男を
思っていた。
『僕は、陸遜、あざなは伯言です』
この
男が
仕官してきた
日から、
孫権は
彼に
何度も
助けられてきた。
だがお
互い
年老いた
頃、
孫権は
彼と
執政の
方針の
違いで
互いに
憎しみ
合い、
彼に
厳罰を
下し、この
呉の
執政から
遠ざけた。
――それから
彼が
亡くなるまでの
時間は、
長くなかった。この
時孫権は、
邪魔者がいなくなったとして
専横をふるった
結果、
主に
後継者争いに
関する
問題で
多くの
失敗を
犯した。この
男、ハクゲンの
言葉が
正しかったとは
夢にも
思わずに。
だが
今の
彼は、
己の
過ちの
数々とハクゲンの
無実を
知っている。
故に
彼は、
死期が
近づいた
今になってこのことを
悔やんでいた。
「父上、兄上……私は、どこで踏みとどまっていれば、間違いを犯さず済んだのだ……」
現実から
逃げるように、
若き
日に
失った
父と
兄にすがる
孫権……
彼はハクゲンの
息子から
聞いた
言葉を
思い
出した。
『――お父様は、最期のときまであなたを恨んでいた』
また
当時、
罪人の
疑惑があったハクゲンを
監視していた
者はこういったという。
『陸遜殿は命日に、普段なら祝いの席でも飲もうとしなかった酒を浴びるように飲んだ』
『かつて彼が誰に対しても礼儀正しい男だったのは、殿が一番知っているでしょう』
『そんな彼が、浴びるように酒を飲んだ拍子に、荒れ狂う虎や竜のように怒り、慟哭していたのです』
『それだけ、殿が自分の進言を聞いてくれなかったことが、彼にかつて感じたことのないほどの憤りをもたらしたのでしょう』
この
報告を
聞いた
当時は、まだ
彼はハクゲンのことを
疑っていた。
酒が
嫌いだった
彼がそのような
行動に
走った
事実に
驚きはしたが、
裏切り
者がたどる
当然の
末路だと、その
時孫権は
感じていたのだ。
――だが、ハクゲンの
無実を
知ったあとに、この
報告のことを
思い
出した
時、
孫権は
己の
過ちを
激しく
後悔した。
恩を
仇で
返されたと、
思っていた。だが
実際は、
自分が
恩を
仇で
返したのだと
知ったのだ。
目が
覚めた
時、
孫権は
長大な
川の
前にいた。
己が
建てた
国を
守る
天然の
防壁である
長江よりも、はるかに
雄大な
川だ。
――そう、
彼は
死に、
冥界に
行く
船に
乗る
時が
来たのだ。その
時だった。
目の
前にあった
小舟に
乗っていたのは、
彼が
詫びたいと
思っていたハクゲンの
若かりし
頃の
姿だった。
泣きながら、その
船に
駆ける
孫権。この
時彼らは、
互いに
生前乱世を
駆けた
時の
若かりし
姿であった。
「ハクゲン……私はお前を疑ったことを、悔いている……どうか、許してくれ……」
「僕は……殿がその言葉をかけてくれるまで、ずっとここで待っていましたよ」
「長いようで短い、七年間でしたね。それでは行きましょう……」
ハクゲン 完