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新訳アリとキリギリス~如月家の庭からの夢想

新訳アリとキリギリス
 陽気にヴァイオリンを弾くキリギリス。その音色に誘われて、一匹の子アリが近づいてきました。

「やあ!君も仲間に入れて欲しいのかい?」

 そう言ってキリギリスは、自慢の演奏を彼に披露します。
 ですがアリは、そんな彼の演奏よりも、自分の仕事に追われていました。
 新入りとして、せっせと食料を運んで巣に運ばなければなりません。

「……どうだい?なかなかいい曲だろう」

 演奏を終えたキリギリスが尋ねますが、アリは答える余裕もなく、せっせと働き続けます。
 キリギリスは、興味を無くしたのか、別の場所で遊ぶことにしました。しかし、キリギリスが去った後も、アリの仕事は続きます。

「キリギリスさんも、今のうちに食料を蓄えておくべきなのに……」

 そう思いながらも、彼は一生懸命働き続けます。





 一方でキリギリスは、楽団ごっこをしながら遊び呆ける過程で、人間の住む家の庭に入り込んでしまいました。
 幸いにも、人間達は彼を駆除する気など全くないみたいで、彼は呑気に楽団ごっこを続けます。
 そうしていると彼は、人間の家の庭であるものを見つけます。

「なんだい、これは? 木でできているみたいだけど」

 それは、この家の持ち主が趣味で作った、ソリッドモデルでした。
 塗装で元の色がわからないのにも関わらず、妙に目ざとく木目を見つけた彼は、これが木でできたものだと見破りました。
 姿は人間の女性のようにも見えます。

「面白い、これで遊ぼ!」

 虫嫌いが多い人間の女性と違って、意思を持たないはずのこのソリッドモデルは彼を拒まないでしょう。

『やめんか』

 そう思われた矢先に、彼の耳元に謎の声が響き渡ります。

「誰だ!?」

 思わず叫びながら辺りを見回すキリギリス。すると、目の前の木の女性が動き出しました。

「えっ……まさか、生きてるの?」

 彼が驚きの声を上げる中、彼女はゆっくりと立ち上がります。

『我は、アイアン・ゴッデス・ブリュンヒルデ』

 ソリッドモデルが名乗りをあげると、彼に問いかけます。

『貴公は、遊ぶことがとても好きなようだな』
「うん!大好きさ!!」
『だが、もしこのまま遊び続けるなら、いずれ破滅が訪れるであろう』
「えー、どうしてさ?僕は毎日楽しく過ごしているよ」

 キリギリスの言葉を聞き、彼女は諭すように語りかけます。

『確かに、今はそれでよいかもしれん。だが二十年後に生まれてくる、お前やその同胞の遠い子孫は、飢餓と貧困に喘いでいることだろう』
「……ええ?」

 それは予想を大きく裏切った、スケールの大きな忠告でした。彼女の言葉には不思議な説得力があり、キリギリスは聞き入ってしまいます。

『特別に、我がこの庭の二十年後の姿を見せてやろう』




 彼女が見せた未来は、飢えに苦しむ未来の様々なバッタの子供たちの姿でした。
 あるものは食べ物にありつけず、幼い体で飢えに苦しみながら死んでいきました。
 またあるものは、茶色く変色した群生層となり、傍若無人で凶暴に少ない食料を食らい尽くします。
 またあるものは、極限状態を起因として、食料を奪い合う過程でとうとう共食いに手を染めはじめました
――それら全ての起因となったのは、日照りが続いて草木が枯れ果てたからでした。

「うわぁ……」

 その景色に、彼は恐怖しました。こんな未来が来るなんて、想像したこともなかったのです。

『わかっただろう?』
「ああ……」
『遠い子供達のことを思うならば、今のうちに働くことだな。ヴァイオリンをやめろとまでは言わん。だが、遊び呆けているだけでは身を滅ぼすぞ』

 この作り物の女神が見せた未来でも、アリ達は必死で食料を蓄え生き延びていることでしょう。それを見て、彼は決心しました。

「分かった、僕も働きに出るよ」
『それがいい』



 こうして、働き者になると決心したキリギリスは、蟻達のところに戻っていきました。

「みんな聞いてくれ。これからは僕も働いて、みんなの分の食糧も確保するよ」

 彼も、家族のために一所懸命働きました。その甲斐あって、数年後にはたくさんの食べ物を確保することができました。

「ありがとう、キリギリスさん。おかげで助かったよ」
「いいんだよ。困った時はお互い様さ」

――そして、女神が予言した二十年後。彼女の言った通り、遊び呆けていた他のキリギリスの子孫達は草が枯れる日照りの中で飢饉に苦しんでいました。
 ですが、あの日未来を見せてもらったことで働き者になる決意をした彼の子孫達は無事でした。
 彼は、他のキリギリス達が餓死していく中、夏と冬を生き延びたのです。

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