トリストの冬は寒い。この国は大陸の北側にある大きな島国で、冬でもなお灌木の生い茂る美しい国でもある。
――そして今日はクリスマス。俺は大好きな近所の子供達にクリスマスプレゼントを配るため、そしてその思い出を自分自身へのクリスマスプレゼントにするため、母校であるジュニアスクールを訪れていた。
学校の先生にお願いした上で、学校を借りさせてもらった。俺が来た途端にみんなが一斉に飛び出してやってくる。よしよし、みんないい子だ。
「さぁさぁ、今年もサンタさんからプレゼントだよ!」
そう言って袋から取り出したのは……小さな動物の模型だった。これは俺が小さい頃に大好きだったおもちゃだ。これを見て喜ぶみんなの顔を見るのが毎年楽しみなんだよな。
「わあっ! かわいいっ!! ありがとうクラウお兄ちゃん!」
プレゼントを見てみんなの喜ぶ顔、これが年末の季節の一番の楽しみだ。
俺が用意したお菓子と玩具の山を前にしてみんなが飛び跳ねている。この光景だけで頑張った甲斐があるってもんだぜ。
ふと屋上の方を見ると、見慣れないフードの男がいた。
男は得体の知れない奇妙な形の笛を握っていた。吹き口に口を当てて鳴らした音――それは重苦しく不快な音だった。
その音色は、召喚の音色……ビーストテイマーが使う、モンスターを呼び出し命令する時の音色だ。
俺は咄嵯に叫んだが遅かった。男が背にした青空から巨大な獣が現れたのだ。
それは鷲のような頭部と翼を持ちながら馬の体躯を持つモンスター。『グリフォン』のレッサー種だが、それにしてはかなり大型の魔獣だった。
ヒポグリフはその長い首を地面に突っ込むようにして下ろし、鋭い鉤爪で地面をガリガリ引っ掻き回した。
そのサイズはどう考えてもただの野生個体とは思えない。
「――久しぶりだな。ユークリッドの弟、クラウディオよ」
フードを脱いだ男の姿、それには見覚えがあった。今日の朝刊に脱獄の報が伝えられた、あの凶悪犯。
先生達もやっとその顔に気が付いた。
「俺はユークリッドが憎い。だから一人一人、奴と親しい者達を一人一人殺し、奴を苦しめると誓った」
淡々と呼びかけながら、奴は片手でヒポグリフの頭を撫でている――どういう理由で兄貴を憎んでいるのかは知らないが、俺を真っ先に標的にしたことは確かだ。
「やれ、ヒポグリフ。忌々しいユークリッドへの罰として、その弟が愛する無垢な子供達の腹を一人残さず搔っ捌け! 奴らの罪を血で示すのだ!」
けたたましい雄叫びを挙げ、ヒポグリフが迫ってくる――て、てめえ!
――ジェファソンの、野郎ッ! それはいくらなんでも筋違いだろッ!!
慌てふためく子供達――ヒポグリフ自体は大したことはない獲物だが、魔法剣を使うのはまずい。校舎や子供達を巻き込んでしまうかもしれない。
だけど地上まで降りてくるのを待っていたら、子供達を全員守って倒すのはほぼ無理だ。
「来やがれ、鳥頭! 痛い目みたくないなら子供達には手を出すな!」
一騎討ちなら、何とでもなるはずだ――何をしてでも注意を引け! たった1秒の油断が、命とりになる。
――そう思った時だった。けたたましい火薬の弾けた音がなった。
ヒポグリフは頭を撃ち抜かれたようで、一撃で墜落し倒れ伏す。 後ろには兄貴とホムンクルスのシャーロッテがいた。
「……バーカ、だからやめとけって俺は言ったんだよ。下手したらてめえのわがままのせいでガキが死んでたぞ」
帰った後、俺は珍しく後輩に説教されることになった。悔しいが、認めるしかなった
「まあまあシャロ。誰もケガしなかったんだし多めに見てやれよ。あいつには毎年の楽しみなんだぞ」
兄貴はかばってくれたが、俺が軽率だった。
「……しかし兄貴、あいつがこんなに早く行動してくるなんて」
朝は生意気と思ったクリスマス会を中止の判断。ジェファソンが脱獄してすぐ襲撃してきたことを考えたら、シャロが正しかった。
「まあいいや。俺は解剖結果を貰ったから、ギルドの報酬はお前にやるよ」
硬貨袋を渡してきた兄貴をよそに、シャロは青い宝石を握って部屋に帰っていった。解剖でヒポグリフの腹の中から出てきたらしい。取り分で満足してくれたおかげで思ったよりしつこくなかったな。
――とにかく、この金は子供達を喜ばせるために使おう。子供達に怖い思いをさせたお詫びに。