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雨男

雨男


 男がひとり、大きな川に掛かる橋の上を歩いていた。

 その時何やらキラッと光ったのを感じた男は川を覗き込んだ。

 そして男は橋を引き返し、川へと下りていった。

 光をたどると、川のほとりに小さなビンが落ちていた。

 手の平に収まるほどの綺麗なブルーのガラスのビンの中には何やら液体が入っている。

 男は何か気になっているのかしばらくその小ビンを眺めていた。

 誰もいない静かな川。

 男はゆっくりと小ビンの蓋を開け、中の液体を川に注いだ。

 ――ザパーンッ――

 その瞬間、男の体は水の中にあった。

 暗く静かな水の中。

 男は慌てて浮上しようと水をかいた。

「ぷはぁっ」

 水面から顔を出した男は辺りを見渡した。

 さっきまでとは違い、辺りは真っ暗でどしゃ降りの雨が降っていた。

 男がいるのはどうやら大きな川の中のようだった。

 なんとか岸まで泳ぐと男は草むらに仰向けに寝転んだ。

 さらに激しくなる雨。

 男は雨に打たれながら暗い空を見ていた。

 ――ゴロゴロゴロ――

 うるさいくらいの雷の音と共に空がピカッと光った。

「嘘……だろ……」

 なんと男の頭上の稲光りの中から大きな龍が現れたのだ。

 ――ゴロゴロゴロ――

 稲光りの度に龍の体が鮮明に見えてくる。

 綺麗なブルーの体をゆらゆらさせて空を漂う龍の姿はとても美しかった。

 男は草むらに大の字に寝転がったまま、美しい龍の姿を眺めていた。

「ワシを解放したのは貴様か?」

 しばらく漂っていた龍が男に向かって話しかけた。

「解放?」

 男は慌てて立ち上がった。

「どうやって貴様が解放したのかは知らんが礼を言うぞ。助かった」

「もしかして……あの小ビンのことですか?」

「小ビン? ああ、なるほど。貴様は龍の生まれ変わりか」

「は?」

「タブーを犯した龍は罰として人や動物に生まれ変わるのだ。貴様も罪を犯して人間になったのだろう。あの小ビンは龍にしか見えないはずだからな」

「あの小ビンって、いったい何なのですか?」

「あれはワシが昨日失くした涙だ」

「涙? 失くした?」

「ワシは水をつかさどる水神だ。雨を降らせるために涙を流す」

 龍は空を漂いながら話していた。

「昨日、その涙の一つを失くしてしまったのだ。見つかるまでワシは帰れなくなっていた」

「そうでしたか」

「うむ。何か礼をせねばならないな。ワシに出来ることはあるか?」

「礼なんて何も。あ、ひとつ聞きたいことが」

「何だ」

「罪を犯したって言ってましたが、私はいったい何をしてしまったのでしょうか」

「もしも貴様が水龍だったとしたら、おそらくは川や海で溺れている人間を助けたのであろう。龍は人間を助けてはならないのだ」

「そんな……助けてはいけないなんて」

「そうは言っても仕方のないこと。どこの世界にも決まりはある。決まりを守らねばならないのは貴様にも理解できるであろう」

「それは……そうですが」

「そう卑屈になることではない。むしろ貴様は決まりを破ってでも人間を助けようとした心優しい龍であったのだ。人として胸を張って生きるがよい」

「……わかりました。なんとなく、自分は水龍だったような気がしてきました。皆が雨を憂鬱に感じているのがずっと不思議だったのです。私は雨が大好きなので」

「そうか。ならば貴様が赴く場所にはより多くの雨が降るように祈ってやろう。それがワシからの少しばかりの礼だ……」

 ――ゴロゴロゴロ――

 そう言うと激しい雷と共に龍は天高く上へ上へと登っていった。

「ありがとうございました」

 男はそう叫んでから頭を下げた。

 すぐに雨は止み、辺りはもとの静けさを取り戻していた。

 龍の加護を受けた男。

 男が赴く場所では常に雨が降るようになった。

 そんな男のことを皆は『雨男』と呼んだ。



          完




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